1980年代フィンランドで作られたARABIA製品のコラーリというカップを入荷しました。
シリーズ名のコラーリ(Koralli)とは「サンゴ礁」の意味で、ピンクサンゴが踊るように描かれています。ピンクの花びらが茶色の植物の茎に生えているようなデコレーションで、桜の花のようにも見えます。
図案を担当したのはエミリアやカレワラで知られるライヤ・ウオシッキネンです。ウオシッキネンは1986年にARABIAを引退しているため、1983年にデザインされた本作は彼女のキャリアの晩年の作となります。
・Sモデルの「S」ってなに?
フォルムデザインを担ったのはルスカやバレンシアで有名なウラ・プロコッペです。コラーリは1960年にデザインされたルスカという大ヒット作の「Sモデル」という形状を踏襲しています。
Sモデルとは、ルスカで採用されたカップやプレートやポットなどの一連の食器シリーズのフォルムを基本形と定めて総称したものです。
よくSモデルのSってなに?と聞かれますが「同じ形」が使われ続けたため、Sama(フィンランド語で「同じ」の意味、英語のSameと同じ)の頭文字をとってS-Modelと呼ばれました。
・デコレーションの組み換え
ルスカのSモデルの登場以降、多くのARABIA製品が表面のデコレーションを組み替えつつ食器の形状はルスカのフォルムを踏襲する、という手法で生み出されてきました。ルスカは1960年にデザインされウラ・プロコッペは1968年に死去しています。
そのため1983年発売のコラーリはウラ・プロコッペの意匠が没後20年近く採用されていたことを物語っています。SモデルはGOG、エステリ・トムラ作品である、コスモス、フラクタス、フローラ等でも採用されています。
・コラーリの4サイズ
コラーリにはデミタスカップ、コーヒーカップ、マグカップ、ティーカップの4種類のサイズがあります。コーヒーカップはデミタスに比べると幾分縦に長いフォルムとなりますが、ソーサーの直径は同じです。なおマグカップは取っ手の形が広口になっていますが、カップのサイズそのものは今回入荷したコーヒーカップと同じです。マグカップにソーサーは付属しません。
・北欧食器はないものねだり?
コラーリはピンクサンゴを描いた桜のような華やかさが売りです。デコレーションを考案したのは前述のライヤ・ウオシッキネンですが、彼女の作風はときとして北欧に存在しないものを描くことがあります。彼女の代表作エミリア(Emilia)の牧歌的な風景はアメリカを描いていたとされ、アリ(Ali)シリーズでは北欧らしからぬイスラム世界のアラベスク紋様を取り入れています。
コラーリのピンクサンゴは北欧のある大西洋地域には自生しておらず、日本・フィリピン・ハワイなどのアジア太平洋地域の赤道に近い地域でしか見られないサンゴです。北欧食器は寒い地域性と相反して、春のような華やかさをデザインに取り入れることに特色がありますが、コラーリはまさに北欧食器の脱地域的なデザインをよく表現している器といえます。
・80年代の北欧の不景気
コラーリはARABIA製品のなかでもとりわけ高額で取引されるヴィンテージ食器です。幻の名作となった理由は生産数が少なかったためです。北欧は1980年代から長い経済不況に陥ります。コラーリは1983年に発売されており、フィンランド経済に陰りが見えARABIAが生産数を縮小した時期にちょうど重なります。
そのため80年代当時のARABIA作品は1960〜70年代の作品に比べて生産数が少なくなっています。60年代のルスカが今でも比較的安価に入手できる一方で、時代的には新しいコラーリが同じフォルムでも非常に高値なのはこれが理由です。
カレワラなどのイヤープレートも新しい時代の方が高値なのも同じ理由となります。コラーリはそのデザインの可愛らしさから大変人気があり、カップサイズが大きくなるほどヴィンテージ市場では高値となります。
・まとめ:Sモデルと普遍的な北欧食器
ヴィンテージ食器は時代が古いほど希少なものかといえばそうでもなく、当時の経済状況によっても価値は大きく左右されます。一般的に好景気な時代ほどデザインも凝ったものが多く生産数も多くなり、不況の時代ほど生産数は少なくなりデザインも簡素なものが多くなります。
実際に1980年代のARABIA食器はかなり簡素な装飾も多く見られ、70年代以前の黄金期に比べると魅力に乏しいものも散見されます。裏を返せば、不況の時代に作られた凝ったデザイン性の高い器はなおさらヴィンテージ市場では高値で取引される傾向にあり、その代表格がコラーリということになります。
Sモデルは1960年に生まれ、景気が良かった1970年代でも使用されたのは、ひとえに完成されたフォルムであったためです。トレンドを考えるとき、一般的にフォルムとデコレーションはセットです。デザインが廃れたらフォルムも入れ替わります。しかしARABIA製品の場合はデコレーションを入れ替えることで何十年も同じ形を維持し続けてきました。
それがウラ・プロコッペの偉大さであり、変なこだわりがない北欧モダンなのです。SモデルやARABIA製品やフィンランドの食器に限らず、北欧食器はフォルムがほとんど同じで、完成されたもののデザインを張り替えて様々なバリエーションを生み出しています。これはグスタフスベリ製品なども同じです。
いかがでしたでしょうか。北欧はよくシンプルモダンといいますが、その本質は共通したフォルムを維持しています。完成された形をもとに想像力を膨らませていくというスタイルがSモデルという言葉に象徴されているとおもいます。ぜひ北欧食器の形を比較しながら、デザインの移り変わりを見てみてくださいね。