こんにちは!Emikoです。
春の兆しが現れてきましたね(^^) いかがお過ごしでしょうか?
今日は昔からダントツで多いご相談「心配」について書きます。
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もう10年以上前ですが、当時ボランティアで視ていた方のこと。
娘を心配し、結婚するときには「相手の収入は大丈夫でしょうか」から始まり、「子供が半年できないのは呪いですか?」
妊娠すれば「無事、出産できるでしょうか?母子ともに元気ならそれだけでいいのです」と言っていたのに
今度は
出産間近には「孫が障害者だったらどうしましょう」・・無事生まれたら「頭の悪い子じゃなければいいのですが」「可愛くなくてもいいから人並みの顔で育ってほしい、ブスじゃかわいそうで・・」「勉強はできる子ですか? せめて女の子でも専門学校までは行かせたいので・・」(まだ生後ひと月目の赤ちゃんに)
・・・そして二人目の孫ができないと「やはり娘は不妊症ですか?」の最初に戻り無限ループ・・・
そして娘婿の仕事や家の心配、嫁姑の関係まで心配していました。もちろん、「息子がこのまま結婚しなかったらどうしましょう!」もありました。
心配することが趣味なのでは・・と思えるくらい他者(家族であれ)を心配し、「自分の心配の種を摘んでほしい」という感じでした。
心配している相手の意思や気持ちは完全に無視しています。
そして、まだ起きてもいない、最悪の事を心配し続けているのです。
その負のエネルギーは娘さんに影響して、同じく不安神経症が出始めていたため、「お母さんの人生とあなたの人生は別なのだ」と線を引かせて、娘さんのほうはかなり落ち着きました。
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・・これは、心配されている側(娘さんやお孫さん)からしたら、「呪い」に近いものとなります。
まるで、そうなってほしいのかと思うくらい、心配というリアルな「最悪の贈り物」です。
もちろん、もしもこうなったら・・という想像は時に必要ですが、それには「そうなったら、こうしよう」という対策がセットです。
全く心配や不安なしに人間は生きることはできません。
しかし対策も解決策も考えず自ら作り上げた「心配」をどんどん膨らませ、それを相手に送り続ける、想い続ける。
自分に向けられた心配、という念が生霊となって苦しめられることすらあります。
心配していたことが相手に現実化する時というのは、自分の心配という贈り物を、相手が受け取ってしまった時です。
自我が弱い人や言いなりになってしまう方の順に影響を受けやすくなります。
送っているご本人は「心配する = 良い事、愛情」だと勘違いしているのです。だからやめようとしません。
実は「心配 = 相手を信用していない、ダメになる」と信じていることだと気づけていません。
本当に信頼できる相手や、この人なら大丈夫!と思える相手のことを、人は心配しないからです。
頭の中で心配し続けても、相手には良いエネルギーは伝わらず、”本当に”ダメになってしまいます。
「心配」しているなら、考え続ける・思い続けるのではなく「行動」でその相手をサポートしましょう。
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私は、心配する相手には「信頼と信用」「信じている」という祝福を送ります。
ご相談者様に対してもそうです。
「相手を心配し続ける」のは「相手を信じていないから」でしたね。・・本当の愛は、”心配”ではなく”信頼”なのです。
子供でも大人でも関係ありません。
この人なら大丈夫、という気持ちを常に持つようにしています。
会う事がもう出来ない大切な友人や知り合いにも、「どうしているかな」と思うのと同時に
「あの人だったら絶対に大丈夫」という想いを常に持っています。もちろん、亡き人にも。
「幸せでいてほしい」という気持ちも もちろん持ちますが、「その人にはその人の幸せの基準」があるし
どこか「幸せでいて」という言葉が上から目線みたいで好きじゃない。
だから「○○(その人)らしくいてほしい」「○○の気持ちに正直で素直な、喜びの人生であれ」と願います。
こちらの「願い」を相手にぶつけるのではなく、一歩引いて「その相手のスペックを信じていたい」という感じです。
私には何も戻って来なくても、元気かどうか実際に確認できなくても、大切な人のスペックを信じていることだけで
幸せな気持ちと安堵感に包まれるからです。
そして、ハグできる関係性の相手ならばイメージの中で「何も言わずに」相手を抱きしめるようにしています。
それだけで、十分。
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17年前と2年前に2度、大きく「現実崩壊 & 精神崩壊」した私。
必要なもの、環境、人間関係、お金、過去の経験、地元も失いました。(命も失いかけました)
また、何もない状態、見知らぬ場所で一からスタートすることを人生で何度も経験しました。来月、どこに住んでいるのかわからないという日々が続きました。
自分の未来を心配したり、他者を心配することが人生には無意味だとわかってから「無駄な心配」をすることが自然に無くなってしまいました。
近未来だけを見据える、そんな感じです。
2年先だけ心配しているナポレオン状態ww (※私はナポレオン・ボナパルトが大好きです)
そして・・心配していたことよりも、もっと大きな事件や事故は起こる時には突然起こるものです。
だいたい、油断していた部分に災難は降りかかるようになっています。
それは自分でコントロールできません。阻止しようがないのです。
地獄の4丁目にたどり着いた時、息も絶え絶えに開けようとしたドアに
「どんな事が起きてもウェルカム!と受け入れる覚悟と勇気を持てる自分自身であることが、幸せと安心を継続させる最高の方法 by Emiko」
と書かれています。
それが、天国へのドアなのです。
私自身が、不安と心配と恐怖で発狂したことがあります。あまりの不安と恐怖に声を出して叫びました。
それほどの不安や恐怖、心配で狂ったことがあるのです。
まるで24時間、頭に銃口を突き付けられ続ける恐怖と疲れで廃人同然になりました。
そして・・・これが、「もう、最悪になってもいいよ・・」という
サレンダー(宇宙への降伏)と奇跡への道につながるわけです☆
ちょっと話がそれましたが、心配や不安は呪いに近いものだということだけは覚えておくと良いと思います。
自分の心配もしかり。自分への呪いになります。
心配や不安に囚われ、支配される前に気づくだけで大分違います☆