カタリ、と小さな音を立ててその窓を押し上げると、冷たい空気がすうっと指の間を掠める。
何処で拾ったのか忘れてしまった木の棒で窓を固定すると不安定ながらも風の通り道は確保される。
鳥たちも朝だと囀る時間ではまだなく、他に誰が居るというでもないのに静かに朝の支度を始める。
犬はまだ寝ている。
猫と梟はこれから眠りにつく。
そんな夜と朝の間。
この場所からでも塔のてっぺんが見えるこの国の王城は今日も静かにその場所に佇んでいる。
この国はとても不思議な王国
大きな力に護られた豊かで平和な王国
その大きな力の源があるこの森に住み魔法道具を創ることが許されるのは珍しい事だとあの方は言っていた。
私にとってこの王国で住み、魔法道具を創る事は夢のような話。
この王国の存在を知るものは少なく外の国では噂程度
の情報しかない。
色々な国を転々としていた時に時折耳するくらいには有名で、本当にあるのかも分からないその国に憧れを抱くものも多かった。
そこに自分が住むことになるなんて思っても見なかったけれど、不思議な出逢いとはあるもので、何かの導きであったのだろうと、塔のてっぺんで菱形に煌めく大きな宝石を見ながら淹れたてのお茶を飲む。
朝陽があたりその輝きは次第に増してゆく。
あの宝石もこの国を守る魔法の1つ。
私を拾ったあの人は、城に住めと言ったけれど恐れ多くてできるはずが無かった。
城使えが出来るような大層な魔法使いではない。
魔力も弱く使える魔法もさほど無い。
そんな私がなぜこの王国に居来ることが出来たのか。
昔から妙に運の良いところがあった。
幼い頃に家から放り出されてなんとか生きて来られたのも珍しい鉱物や羽、鱗、強力な魔具等を見つけたり、手に入れる事が多く、それに目をつけた魔法使いに重宝されたからだ。
でも何故かすぐに争いが起きたり、不幸な事がある。
だから場所を定めず人を定めず転々と暮らしていたのに、ここに来てからというもの何も起きない。
ただただ平和なのである。
陽がこの森の家にも射してきた頃、バタン!と大きな音とを立てて入り口の扉が開く。
「いつまでここに住むつもりなんだ!城に来い!」
入るやいなや要件を口するこの人が命の恩人であるので無下には出来無い。そもそも無下に出来るような身分の人ではないのだけれど。
「森が許してくれるうちはここで…」
そっと椅子を引くも座る様子は無く、辺りをキョロキョロと見回している。
いつの間にか足元にちょこんと座る犬の頭を撫でながら、少々不満そうだ。
「おまえ本当に猫飼ってるのか?」
そう聞かれて、ハイと答えても真実味はないかもしれない。今まで、この人が来たときに猫は姿を現したことがない。気配さえ隠してしまうものだからまるで居ないようだ。
しょうがないなと呟きながら犬の顔をワシャワシャし抱きつくと、何かを思い出したかのように胸のポケットから取り出したそれを、ぽいっとこちらに投げ寄越す。
反射的に受け取ったそれは、この国では採れない珍しい鉱物たった。
小さいけれどとても美しいその鉱物はぞんざいに扱ったその人の眼に良く似ている。
微かに虹彩が見える緋色のその石は、持つ者に幸運をもたらすと言われている。
この目で見たのは初めてだった。
「こんな貴重なもの…」
「俺が持ってても仕方ない」
確かにそうかもしれないけれど他にもっと渡すに適した人は居ると思うけれど…いつも私にくれるのは拾った責任を感じているからなのかもしれない。
こうやって、この国の平和さに暇を持て余し他の国へ出掛けては珍しい物を持ち帰る。
その度にわざわざこの森に赴き大した事のない魔法使いに魔法道具になりそうなものを届けに来てくれる。
おおよそこの国の王子とは思えない行動だと思うけれど、この国の王子は皆そのような感じでどこか王子らしくない者ばかりである。
そんな王子達を国の人々は皆慕っている。
この国ごと。
例にもれず、私ももちろん。
こっそり彼らの事を想い彼らの事を考えた魔法道具を創っているのは私だけの秘密である。
知られてしまっては怒られるかもしれないから。
彼らを尊敬し慕い、親しみを込めて。
今日もせっせと魔法道具を創っている。