もう何年も前、私は東京から海辺の村へ引っ越しました。
その土地は地元の人も宅配業者もよく知らないような
いわゆる隠れ家的な場所でした。
都会しか知らなかった私にとっては異空間です。
都会の庭や道端ではかわいらしかった雑草の葉は
ここでは巨大で分厚く、その太いツルは足元でうねり絡まっているし
夜、獣の通るカサコソといった音や唸り声は恐怖でしかありませんでした。
人間のにおいより明らかに獣のにおいの方が強い、そんな
初めての野生の中で、わたしは文明の利器だけが頼りの
ただの小さな生き物でした。
記憶に残っている風景はたくさんあります。
10月の海上に低く浮かぶ満月は魔法のように美しい星で
手を差し出せばすうっと吸い上げてくれそうな特別な輝きでした。
満天の星空ではいつも流れ星が行きかっていました。
雷雲がフラッシュをたくようにして遠くを移動するのも見えました。
真冬の早朝の冷たい海面を白い靄がさぁーっと滑っていくのをリーラと名付けて
毛布にくるまっていつまでも観ていました。
インターネットがあるとはいえ、生活は不便になりましたが
住んでいなければ見たり感じたりできないような経験をしたと思います。
7年と少しして私はそこを去りました。
今は信州の田んぼが広がる町で暮らしています。
leera リーラ サンスクリット語 「神の遊び」