チェコ共和国 首都プラハから1.5時間北へ
そこは りんごの木のある街
ヤブロネツ ナド ニソウ
冬は、雪深く 出稼ぎに頼る生活をしていました。
そこへガラスボタンやビーズ作りの技術が伝えられ
街にあった自然の恵みや人々の努力が美しいガラスボタンやビーズが作り出される様になりました。
150年以上の月日が経ってもその製造工程を変えず
機械を使わない 人の手による作品が作られています。
現在、その後継者は不在。
現役の職人さんは片手で足りる程しか居らず
この素晴らしい伝統工芸品の行く末は心もとありません。
皆さんが 一粒一粒のガラスボタンを愛で、多くの方々に知っていただくことで、後継者が現れる奇跡をしんじています。
追記 2025/01
今年、少しだけヤブロネツが変化した様です!
初めて海を越えて チェコガラスボタン が!
東京の展示会へやってきました。
この素晴らしい伝統工芸品をつくる技術が途絶える心配が少し減りました。
これからも変わらず皆さんとチェコガラスボタンとそこに関わる全ての人を応援しながら弊社も歩んでいこうと思います。
チェコ共和国 首都プラハから1.5時間北へ
そこは りんごの木のある街
ヤブロネツ ナド ニソウ
冬は、雪深く 出稼ぎに頼る生活をしていました。
そこへガラスボタンやビーズ作りの技術が伝えられ
街にあった自然の恵みや人々の努力が美しいガラスボタンやビーズが作り出される様になりました。
150年以上の月日が経ってもその製造工程を変えず
機械を使わない 人の手による作品が作られています。
現在、その後継者は不在。
現役の職人さんは片手で足りる程しか居らず
この素晴らしい伝統工芸品の行く末は心もとありません。
皆さんが 一粒一粒のガラスボタンを愛で、多くの方々に知っていただくことで、後継者が現れる奇跡をしんじています。
追記 2025/01
今年、少しだけヤブロネツが変化した様です!
初めて海を越えて チェコガラスボタン が!
東京の展示会へやってきました。
この素晴らしい伝統工芸品をつくる技術が途絶える心配が少し減りました。
これからも変わらず皆さんとチェコガラスボタンとそこに関わる全ての人を応援しながら弊社も歩んでいこうと思います。