渋谷の喧騒を離れて
渋谷駅から徒歩2分。ゆるやかな坂の途中にある緑に囲まれたシックな建物が今回の目的地。「茶亭 羽當」です。木製の大きな立て看板が目印。
扉を開けるとまるでタイムスリップしたかのような、ノスタルジックな空間が広がっていました。落ち着いた雰囲気の調度品があちらこちらに。
「静かでしょう。渋谷としては少し異空間な感じがしますよね」と話してくださったのは、1989年の創業時からバリスタをされている寺嶋和弥さん。
存在感のある大きな梁は14m。一枚板のカウンターは11mにも及ぶそう。「店内の梁には煙草の香りが染み付いてしまいました。時の流れを感じますね」。
もともとは他店で珈琲を入れていたという寺嶋さん。ある日オーナーと知り合い「こんな店をやりたい」という話で意気投合したのだと言います。
お客さまのために
2人が想い描くお店は都会に佇む「珈琲と紅茶の専門店」でした。「バックカウンターにずらりと器を並べて。お客さまの顔を見て『これが似合うんじゃないか、よろこぶんじゃないかと思い浮かべながら提供していきたいね』と。『そんなお店ができたら最高だね』と言ってオープンしたのがここ羽當なんです」。
「とにかくお客さまによろこんでほしい」と、開店当初は300点ほどだった茶器も今では、700点ほどに。「オーナーとわたしとで器屋や催事を巡り、いいな、羽當に合いそうだな、と思った茶器を都度、集めています。行商から購入したものもたくさん。原則的にはひとつも同じものはありませんよ。同じ柄でもかたちが違ったり、同じシリーズでも柄が異なったりします。常連のお客さまにも新しい発見やたのしみを提供し続けていきたいんです」。
近年はSNSをきっかけにお店を訪れる若い人も多いため、可愛らしいデザインの器も増えているそう。
インテリアのラインナップにも「お客さまをたのしませたい」という想いが詰まっているんです。
「ヨーロッパテイストのスタンドの横に九谷焼のお皿があったり、抽象的な絵画があると思えば、版画があったり。統一感はないかもしれないけれど、いろんなお客さまがここに来て『これはおもしろい、素敵だな』と思えるものが1点でも見つかるといいですね」。
ここからはご自慢の茶器コレクションの一部を見せていただくことに。
引き立てる茶器
羽當で扱う茶器は基本的には白地の磁器なのだそう。「茶器には磁器と陶器がありますが、うちはほとんどが磁器なんです。理由はひとつ。珈琲、紅茶が映えるから。味わいはもちろん、目で見てもたのしんでいただきたいので、器選びにはこだわっています」。
さまざまな国の名器が並ぶ店内。「日本だと有田焼を多く扱っていますね。手前の茶器は酒井田柿右衛門の作品です。当代で左から12代目、14代目のもの」。
「鳳凰画の茶器は、皇后雅子さまがご成婚されたときに献上した柄と同じもの、と言われています」。“限りなく白く、薄く、軽く”という高級磁器の特徴を備え持った逸品。
こちらは源右衛門窯の作品。中国の唐草文様や日本の梅小紋、市松模様など、伝統的な柄を洋風の茶器に落とし込んだユニークなデザインです。
素敵な茶器でいただく珈琲、紅茶。想像しただけでうっとりしてしまいます。メニューの豊富さも専門店ならでは。悩んだ結果、今回はオリジナルのブレンド珈琲と、一風変わった中国茶、ラプサン・スーチョンに決定です。
香りとともに「いただきます」
まずは、オーダーを受けてから一杯ずつ珈琲を点てていただける「羽當オリジナルブレンド」から。
選んでいただいた茶器は、源右衛門窯のもの。有田焼に取っ手をつけて洋風に仕上げ、さらに江戸更紗と当時のモダンなペルシャ模様を組み合わせてデザインされている、という挑戦的な作品です。色使いも華やかでとっても綺麗。
丁寧なドリップで、クセのないクリアな味わいに。酸味と苦味のバランスが絶妙で、スーッと沁み入っていくような感覚でした。
合わせてシフォンケーキもオーダーしました。羽當のケーキは毎日、その日に店内で手づくりされているんです。
いただいたのはプレーン味。さっぱりとした甘さで、珈琲とも相性抜群でした。お皿はイギリスの人気陶器デザイナー、スージー・クーパーの作品。シンプルなシフォンケーキも可憐な印象になりますね。
松の葉を燻した美しい赤い色味が特徴の中国茶、ラプサン・スーチョンは、ヘレンドの茶器でいただくことに。カップは「シノワズリ」という中国的嗜好を取り入れたデザインで、中国茶をいただくのにまさにぴったり。内側の白地に赤い色味が映え、花びらのように広がったフォルムが香りも引き立ててくれます。ティーポットは、ハンガリーのアポニー伯爵による急なオーダーでつくられたという、“アポニーシリーズ”のもの。香ばしさのある個性的な味わいも優雅な気分でたのしめました。
格別なひとときを
時間の経過を忘れてしまうような、心から落ち着く空間で、こだわりの茶器でいただく珈琲、紅茶は格別なものでした。今回いただいた以外のメニューラインナップも、また味わいにうかがいたいと思います。
店内には、他にも紹介しきれないほどの名器が陳列していますので、何度足を運んでもたのしめること間違いなしです。ぜひみなさんも訪れてみてください。
次回はどんな素敵な器とごちそうに出会えるのでしょうか。
乞うご期待。
電話:03-3400-9088
営業時間:11:00~23:30
定休日:なし
取材・文 / 西巻香織 撮影 / 真田英幸
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