地下に佇む茶室
表参道駅から徒歩5分。骨董通り沿いから、地下へと降りた先に佇むお店が今回の目的地。「即今(そっこん)」です。
入り口からしてまるで隠れ家のような雰囲気に胸を躍らせながら、靴を脱いで店内へ。そこには広々とした和空間が広がっていました。「ようこそ。即今には3つの茶室があり、こちらは広間の“爤酔亭(らんすいてい)”です。「爤酔」は「ひどく酔っ払う」「泥酔」の意味で、一休の漢詩の一説に登場する語なんですよ」。案内してくださったのは、オーナーの宇田川宗光(うだがわそうこう)さん。
宇田川さんは茶道の一派、宗和流の十八代目。店名の「即今」は「即今即處(そっこんそくしょ)」という禅のことばからとったもので、「今、將(まさ)にこの時」という意味。作法や点前を知らなくても気軽に茶事を体験できる、たのしんでもらえる場所をつくりたい、という想いでお店をはじめられたそうです。
「茶事とは、懐石を出してお酒を酌み交わし、茶室の美術品をしつらえて濃茶、薄茶でおもてなしをすることを言うのですが、茶道を知らない方を茶事に招くと『茶室で料理やお酒が出るとは思わなかった!』とよろこんでいただくことが多くて。でも体験できる場所や機会は少ないんですよね。それならば、つくってしまおう、と」。
「お酒や料理、カクテルを入口として茶道や器、日本文化にも興味を持ってもらえたらうれしいですね」と宇田川さん。ご自慢の器をさっそく、いくつか見せていただくことに。
取り合わせやすさ
即今で使用されている器は、茶事のスタンダードな器をはじめ、現代の作家ものたち。「お客さまが茶碗や掛軸、酒器等を持ってきてお茶をたのしまれることもあるので、他の器を邪魔しない取り合わせやすい器を意識しています」。
食材の色味に合わせて選ぶという和食器。古い種子島焼きの器から、辻村史朗さん、中里太亀さんの作品まで、さまざま。
大勢のお客さまがいらした際は人数分必須となる「ぐい呑」は、種類も豊富に取り揃えられていました。江戸切子や唐津焼をはじめ、素材もいろいろ。
「漆の器も使いやすさや美しさはもちろんのこと、基本的にはお客さまの器やお道具を邪魔しないようなものを、という基準で選んでいます」。メインで使用されているのは赤木明登(あかぎあきと)さんの漆器。シンプルで美しい。
こちらの漆黒の器は、実はガラス製という変わった一品。縁の金色がモダンでおしゃれ。
作家、職人の器に混ざり、中には九谷焼とキャラクターがコラボレーションしたユニークな豆皿も。この遊び心もまた、宇田川さんのおもてなしの心があるからこそ。「茶道、茶事の魅力を国籍、年齢問わずたくさんの方に知っていただきたい、ただそれだけです」。
即今では、お茶やお酒に加えて、これらの器を使い懐石、精進、西洋とさまざまなお料理をいただくことができます。
そんなメニュー豊富な即今では、茶室での本格的なお点前も拝見できるということで、今回は薄茶と和菓子のセットをいただくことにしました。「別の茶室へ移動しましょう」。
素敵な器で一服
通していただいたのは店名である「即今」の名が付けられた茶室。三畳台目と呼ばれる小さな空間には、ろうそくが灯され、どこか厳かな雰囲気が漂っていました。
静寂の中、美しい所作でお点前を披露してくださったのは、濱崎歩さん。
ほの灯りの中で、着物の擦れる音や、お茶を点てる強弱、香りなど、味覚を残した五感すべてで、このひとときをたのしむことができました。
薄茶とセットでいただく甘味は、和菓子屋・塩野さんの「菜種きんとん」。春らしい色味のきんとんをほおばると、上品な甘さが口いっぱいに広がります。
続いて、煎れたての抹茶をいただきます。まずは器を手にして、その繊細なきらめきや抹茶の色味との組み合わせにうっとり。こちらの器は、江戸時代の陶工・野々村仁清の「繭型茶碗」を母体として、スガハラ硝子の職人技でガラスで同フォルムを再現。そこに漆を塗り、さらに“青海波”の文様が蒔絵でほどこされているのだそう。
抹茶のグリーンが鮮やかに映えますね。甘味と抹茶のバランスは最高でした。
カクテル点前を愉しむ
最後に訪れたのは、茶室「笊籬菴(そうりあん)」。
天井を見上げると、名前の通り、カゴのような編み目が。とはいえ一見、シンプルな三畳の茶室なのですが……
奥の襖を開けると一変。茶室の空間でバーテンダーの点前を眺めることができるカクテル席になりました。そしてなんと、先ほど抹茶を点ててくださった濱崎さんは、バーテンダーでもあるとのことで、濱崎さん考案のオリジナルカクテルをいただくことに。
着物姿でシェイカーを振る姿はとても新鮮でした。オーダーしたのは、令和2年の勅題「望」にちなんで、「希望に満ちてたのしい世の中であるように」という願いを込めてつくられたというカクテル「望」です。
完成したのは、春らしく鮮やかなグリーンのカクテル。小豆(リキュール)と米(甘酒)に抹茶(薄茶)とモミの木(リキュール)が加えられているそう。表面に浮かぶのはぶぶあられです。シンプルなグラスは、創吉のもの。
ほんのり甘みがあり、爽やかな風味でした。ちなみにこちらのカクテル、食材選びを含めてたくさんの意味が込められているので、即今を訪れた際は、ぜひお話をうかがってみてください。
お茶だけでなく、茶室でお酒がいただけるのはとっても不思議な感覚で、大人の嗜みのようでもあり、おもしろい体験でした。茶道にゆかりのないひとにもおすすめです。お料理、お茶、お酒といっしょに、陶器や漆器、ガラスなど素敵な器も堪能できますよ。ぜひ、足を運んでみてはいかがでしょう。
さて、次回はどんな素敵な器とごちそうに出会えるのでしょうか。
乞うご期待。
営業時間:昼営業11:30~15:00(L.O.14:30)、夜営業17:00~21:00(L.O.20:30)
電話:03-6427-7787
定休日:日曜日
公式サイト:http://sokkon.jp/
取材・文 / 西巻香織 撮影 / 真田英幸
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