インタビュー

【装丁を語る】名久井直子×原裕菜「本を届けるということ」<後編>

2月29日に発売された、村田沙耶香さんの著書『丸の内魔法少女ミラクリーナ』。その装丁を担当されたブックデザイナー・名久井直子さんと、イラストレーター・原裕菜さんは、これまでも数々の書籍でタッグを組まれている仲。【後編】の公開は、「本をつくる」「そして、届ける」ということについてお話をうかがっています。

前回: 【装丁を語る】名久井直子×原裕菜「本を届けるということ」<前編>

これまで、数々の作品でご一緒されてきたおふたりですが、「こんな感じで、話すのははじめてだよね(笑)」と見つめ合います。
手がけられたいくつかの書籍を広げ、和やかなムードの中、たくさんのお話をうかがいました。
後編では「本をつくる」というお仕事について、「装丁」に携わるその役割への想いもたっぷりと語っていただいています。


本になる、ということ

いつかの記事で拝見したのですが、本は「残るものである」ということを、とても意識されているとか。

名久井さん
そうですね。古本屋さんが好きで、よく古い本を手に取りますが、たとえばそれは明治時代のものだったり。もちろん紙色は焼けて茶色くなっていたりもするんですけど、文章はしっかりとそこに残って、絵だって美しい。生き生きとそこに価値がとどまっているんですよね。


時代を超えて残っていくことを考えると、とっても喜ばしくもありますし、なんだか不思議ですよね。

名久井さん
電子の本も読みますし、生活に取り入れてはいますけど、未来まで確実に残る か否かはわからない、確証がないですもんね。だけど紙の本は、「百万塔陀羅尼(ひゃくまんとう・だらに) という世界最古と言われているものが未だに残っていて、ちゃんと読めたりするわけで。物体として残り続けることに、すごく力を感じますし、それをつくるのはおもしろいなあと思います。原さんはどうですか?「本になる」というのは。

原さん
わたしは絵を描く人間なので、自分が描いたものを「手もとに置いておいてもらえる」ということが、やっぱりすごく嬉しくて仕方ないんですよね。それぞれの本に、関わらせていただいたそれぞれの「チーム」もあるので。思い入れも本当にありますし、手に取ってくださった人に愛おしく思ってもらえたら、何よりですね。


誰かのお部屋に。たとえば、枕元に置いておいてもらえる、そしてそれは時代を超えて残っていったりもする、と考えると、やっぱり「本」って特別なものである気がしますね。

バケツを運ぶように、つないでいく


「いつまでも残るものに」という意味で、なにか心がけられていることってありますか?

名久井さん
これは、あくまでわたしの考え方ではあるんですが、「途中の仕事」だと思って取り組んでいるところがあるんですよね。バケツリレーのようなものをイメージしていて。


「バケツリレー」ですか。

名久井さん
そう、以前にどなたかが装丁を手がけた本のリニューアルを担当させてもらう、ということもよくあるんですね。たとえば、堀内誠一さんが装丁してらしたものを、次にわたしが新しく手がけて出版する、というような。それは、恐れ多いような名著だったりもして。

すこしデザインを現代ナイズされたり、出版社を変えて有名作品が出し直されることはよくありますね。

名久井さん
そう。きっと、夏目漱石の「坊ちゃん」をとってみても、「どんな表紙だった?」と聞くとみんなバラバラのものを思い出すと思うんです。そんなふうに、中身の作品はずっと形を変えずに残り続けても、やっぱり本って時代に合わせてつくられていくものなので、中身のテキストがどんどん運ばれていくようなイメージというか。


ああ、バケツリレーの水はテキストや中身の価値ということなんですね。

名久井さん
そうですそうです。わたしは近頃、新刊を多くやらせていただいてますけど、それは一杯目のバケツの仕事をしているような気持ちなんですよ。この『丸の内魔法少女ミラクリーナ』も、文庫にもなったり、何十年を経て、また違うデザインになったり。そのあとも、またその時々で、素敵な最適な形にどなたかがしてくれるものだと思うので。それが、もしかしたら、もう一度自分自身に回ってくるかもしれませんけれど。そんなふうに、本って時代に合わせて中身を運んでいくようなものだと思うんです。だから、「どうか次の人が見つかるまで生き延びろ!」って(笑)。そういう気持ちで手がけているんですよね。

そうすると、一杯目のバケツというのは、とっても重要な役割ですよね。

名久井さん
そうですね。たとえば部数が多くなれば、つまりたくさん売れれば、それだけいろんな生き延び方で残っていくはずですし、部数がそれほどでなくても、誰かがとても大切に物置のような場所に仕舞ってくれていて、「先祖が大切にしていた本」としてそのままの形で未来に残っていくこともあるでしょう。その先に新しいデザインに生まれ変わって継がれていくこともある。生き延び方を俯瞰してみると、わたしの仕事は、「一時期を担っているんだな」と思うんですよね。


今回のお仕事は、そのまさに「バケツの一杯目」ですよね。

原さん
そう考えると、すごく光栄ですよね。

いくつもの仕事が積み重なって

原さんにとって、「本の装画」というお仕事で大切に感じられているのは、どういった部分ですか?

原さん
本の仕事って、「チームでつくっている」というのが、わたしはやっぱりすごくたのしいな、と思うんですよね。

名久井さん
うん、著者や編集者を機軸に、チームが毎回できますね。すごく大切です。

原さん
本当に。それは、もちろん著者である作家さんであったり、ブックデザイナーさんであったり、わたしのようなイラストレーターや写真家の方であったり。きっと、それぞれその作品の受け取り方って微妙に違うとは思うんですけれど、その人のフィルターを通した見え方を少しずつ共有して、ひとつのものをつくりあげていくというか。それが「一冊」の形になるというのが、すごくおもしろいなあと思いますね。

たくさんの方が関わって、形になっていくんですもんね。素朴な疑問として、その認識が揃わない、イメージが重なり合わない、みたいなことって、場合によって起こったりするものですか?

名久井さん
基本的には、やっぱり編集者が「指揮者」だとわたしは思っているんですよね。やっぱり文章が固まる前から、一番長く向き合われている方だし、編集者が「これだ」「いい!」と思えるものを目指すのがいいのかなとは思っているんです。それを、それぞれのプロフェッショナルが補っていく感じでしょうか。


「どう届けたいか」という大切なコンセプトは、編集者さんとしっかり擦り合わせをされて。

名久井さん
そうですね。それを検証と実現をするために、ブックデザイナーがいるような気がします。出版社や編集者が、「他社の過去作はどんなふうで」「どういった層に手にとって欲しい」というようなことも 含めて、いろいろ考えてくださっているので。そこは大切にしながら、という感じですね。

ここで、編集担当の光森さんにもお話をうかがいました。

編集者・光森さん
最初お会いしたときに、「魔法のコンパクトみたいなものをつくりたいんです」とお伝えしたんです。それは、キラキラなにか輝いている、という意味というよりは、開けば「自分が変われるかもしれない」思えるような、そんな力を持った本にしたいんです、とお伝えして。それに対して、名久井さんが、「じゃあ、こういう方向性がいいんじゃないか」としっかり応えてくださって、原さんとの出会いがあって。漠然と頭にあったものを、名久井さんを中心に原さんのアイデアも交えながら、「それおもしろいね」ってチームで話し合っていくっていう感じは、わたしも本当にたのしかったですね。


「これをつくってください」という指示でも「自由につくってください」という依頼でもでなく、「こんなものにしたいんです」という想いの共有があって、そこからチームで完成させていったものなんですね。

編集者・光森さん
まさにそうですね。「こういうのは?」「これって、おもしろくないですか?」みたいな会話も重ねつつ、出てくるものには、いつもあっとおどろかされて。こんなふうに表現されるのか、と。またそれが本当に素敵で。今回は全員女性であったこともあって「魔法少女チーム」と名付けて、すごく共感を持ちながら、取り組むことができましたね。

名久井さん
最後まで諦めきれなかった部分があったりして、ご迷惑もおかけしたんですけど(笑)。最後は信頼しているプリンティングディレクターの方を捕まえて直していただいたりして。そういう意味では、編集の方々とのチームでもあるし、印刷の方もまたチームであって。もちろん営業さんとか、流通さんとかもあるし。本当にたくさんの人の手を介して本は完成していくものなんですよね。


「チームのお仕事」だということが非常によくわかりますね。わたしは今回お話をうかがうまで、とっても大きな勘違いをしていたと思います。作品を読まれて、そこから想起したものをデザインに落とし込んでいくのが装丁のお仕事のように考えていたところがあったんですが、まったくそうではないですね。

名久井さん
そうなんですよね。本を読んで自分で感じ取ったことを、どんなふうに「ビジュアル作品にするか」みたいなことではなくて。もちろん、中身のテキストは作家さんの「作品」だと考えていますけど、「本」そのものは「商品」であって、大量につくるものでもあるので、事故が起きないよう、途中で壊れないよう、読んでいて読みづらいことがないように。そういう意味では、工業製品をつくっている感じもあって、すべてはチームで取り組んでいると。

編集者さんが考えられたアプローチを、どう最適に形にしていくか、の部分の指揮を取られていて、みなさんでつくりあげて、しっかり売っていく。

名久井さん
そうですね。たとえば「帯をこの方にお願いしよう」ということも編集者の仕事だったりするので、いろんな人がいろんな工程でベストを尽くして、重なっていった結果が、こうやって一冊の本になっていく、という感じですよね。


それが、書店で誰かと出会って、ときにはそのひとの人生を変えたり。自宅で長く大切にしてもらえたり、後世に残っていったり…。そう考えると、作家さんのお仕事も含めて、本当にたくさんの方の手を渡り長い道のりをたどって完成して、またいろんな手を介して届いて、残り続けていくんですね。

原さん
そういう、それぞれのチームのおもしろさがあって。

名久井さん
だからこそ熱も入りますし、この仕事がすごくたのしいんですよね。
 
名久井直子
ブックデザイナー。第45回講談社出版文化賞ブックデザイン賞受賞。最近の仕事に、『約束された移動』 (小川洋子)、『逆ソクラテス』(伊坂幸太郎)、『Mou』(Naffy)など。

原裕菜
イラストレーター。書籍の装画ほか、雑誌、舞台広告など幅広いイラストレーションを手がける。

取材・文/中前結花  撮影/真田英幸

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