男性への贈りものとしても人気の高い、ajinaさんの革小物。受注制作のみで生み出される作品のひとつひとつに、鍛え抜かれた技術と、熱い想いが込められています。ajinaさんがこだわるのは「自分の手を動かして、食べていく」ということ。お話をうかがうため、ガレージを改造したというシェアアトリエにお邪魔してきました。
没頭できる作業場
カラッと気持ちよく晴れた6月の日、都内にある革小物作家・ajinaさんのアトリエにお邪魔しました。
ガレージを改造したというアトリエは、場所も道具も数人でシェアできるようになっています。シャッターやむき出しのコンクリートが取り囲む、無骨ながら味わい深い空間。ajinaの川上さんが日夜、作品づくりに没頭するためたどり着いた場所です。
このアトリエでの制作は長いんですか?
ajina・川上さん ここは6年目ですね。独立して8年になるんですが、最初の2年は自宅で作業していました。子どもが生まれてからは工具や機械が危ないので、実家の一室を借りたりもしましたが、どうせならお客さんも呼べて、作品も見てもらえるスペースがいいなあ、と。この場所を作業場にして制作するようになったんです。
入り口では作品も販売されているんですね。
ajina・川上さん そうなんですよ。あまり人通りの多いところではないんですが、たまに目に留めてもらえることがあります。その場で気に入ってもらえて、直接顔を見て販売させてもらうのも、おもしろいもんですよね。
シャッターの端から差す日が、丁寧に並べられた革作品を一層美しく見せてくれます。
8年間の修行
独立して8年とのことですが、それ以前はどこかで技術を習得されていたのでしょうか。
ajina・川上さん 都内のお店で見習いをしていました。地元の友人が、そのお店の商品が好きで通っていたんですよ。27歳という年齢ではあったんですが、「よし、この道でがんばろう」と決意して飛び込んだ、という感じです。
川上さんを決意させたものは、なんだったんでしょう。
ajina・川上さん もともと自動車の整備士をやっていたんですよ。「手を動かしてなにかをつくる」ということに大きな魅力を感じていました。整備士の仕事で目が回るほどの忙しさを経験して、そのあと、いわゆる「スーツを着たサラリーマン」もやってみたんですが、どうも肌に合わない。やっぱり自分は、ものづくりで食べていきたいんだと再確認することになりました。お店の募集を見て「これだ」と。もちろん中途半場な気持ちではなく、やるからには本気で、「最後の転機」ぐらいの思いで飛び込んでいきましたね。
覚悟をもっての決断だったんですね。師匠は、どんな方だったんですか。
ajina・川上さん それが、ひとりじゃないんですよ。家族で経営されているお店で、旦那さんが彫金、奥さんが革小物、娘さんがワックスで立体物をつくる職人をされていて。ぼくは、ご夫婦から彫金と革小物をそれぞれ学びました。男手が足りなかったこともあり、早朝の店開けも担当するようになりました。気がつけば、取引先との電話や、見積もりまでやらせてもらえるようになっていたので、その経験はいまの仕事にとても活きてますね。もちろん「家族の中に入っていく」というのは、なかなか大変なものです(笑)そのぶん、職人としての糧になるよういろんな経験をさせてもらえたことには、すごく感謝していますね。
経験を積まれて、活躍の幅が広がっていったんですね。
ajina・川上さん そうですね。技術だけではなく、職人としてのあれこれをしっかり習得できた8年間でした。並行して、自分の作品をちょっとずつつくりはじめるようになっていたので、満を持して「独立」に踏み切りました。
たしかな技術と経験が、すべてを背負う覚悟を川上さんに与えてくれました。
シンプルに「手を動かす」
独立した川上さんを待っていたのは「喜び」と「苦労」どちらが多かったでしょう。
ajina・川上さん どっちもありますね(笑)お店で働いていたときは、お客さんがお店に来てくれるのも取引先があるのも、「当たり前」の状況でした。独立して、その機会を掴むことや、つなぐことが、いかに難しいことかが本当によくわかりましたね。ajinaというブランドを愛用しつづけてもらうには工夫が必要です。そういった苦労が新たに加わりました。
ajina・川上さん ひとりですべての工程を手がけているので、もちろん制作中は「産みの苦しみ」も多少あります。だけど、そういう辛さって、結局“チャラ”になっちゃうんですよね。
苦しみをぜんぶ忘れてしまうほどの快感があるんですね。
ajina・川上さん まさに快感ですね。作品が完成したときが、本当にうれしくて。こだわってこだわって、「よし!」と納得のいく作品ができて発送する瞬間は、何ものにも代えがたい喜びがあります。そういう瞬間があるから、「ものづくり」をずっとつづけていけるんだろうなと思います。
ajina・川上さん やっぱり、ぼくは「自分の手を動かしてつくったもので、食べていく」っていうシンプルさを、たいせつにしたいんですよね。会社勤めが向いていなかったのも、失敗しても成功しても報酬をいただける環境よりも、「自分の手で」という気持ちが強かったんだと思います。自分の生み出したものを自分で売って、稼いで食べて生きていく、というところに幸せを感じているんです。
川上さんが選んだのは、「苦労」さえ忘れさせてくれる大きな「喜び」を、最も実感できる環境でした。鍛錬を重ねた2本の腕に、そのすべてがかかっています。
「その人のため」につくる作品
作品はすべて受注制作で対応されていますよね。そこにも、こだわりがありますか。
ajina・川上さん そうですね。すべて注文いただいてから、制作するようにしています。完成品にちがいがあるかはわかりませんが、「これは旦那さんへの贈りものなんだな」とか「父の日に贈るんだな」とか、そんなことに思いを巡らせながらひとつひとつつくるようにしています。要領としては良くありません。在庫の中から発送させていただいたほうが効率はいいんですが、それは自分自身の技術を磨いてスピードで挽回すればいいと思うので。このスタイルにはこだわっていきたいですね。
やっぱり、「贈りもの」として選んでいただけるのはうれしいですよね。
ajina・川上さん ありがたいですね。旦那さんや彼氏、というのもありますが、以前「お父さんから息子さんへ」という贈りものもつくらせてもらったことがあったんです。そういう特別なシーンに関わらせていただけるのはうれしいですし、思いも込めてしまいますね。
ajina・川上さん みなさんメッセージで「喜んでもらえました!」と報告までくださるのがすごくうれしいんですよ。店頭で顔を見て買っていただいたとしても、その贈りものを本当に喜んでもらえたか、というところまではなかなか知ることができないと思うので。そういう意味では、オンラインではありますが、お客さんをリアルに感じることができているのかもしれません。
注文を受けて、「その人のためにつくる」。川上さんの手から生まれる作品はどれも、そんんな「特別」が詰まっています。
もうすぐ父の日。
もうすぐ父の日なので、「名入れ」の注文も多いんじゃないでしょうか。
ajina・川上さん そうですね、ちょこちょこといただいています。ラッッピングしてお届けするようにしているので、喜んでいただけるとうれしいですね。
お父さんへの思いが、しっかりと伝わりそうです。
ajina・川上さん そういえば、ぼくの親父はアンティークの時計やメンズアクセサリーを販売する店をやっているんですよ。懐中時計のチェーンや、イニシャルを掘って身につける「シグニチュアリング」には、ぼく自身も憧れがあって。今後さらに勉強して、その作品が時を越えて意味を持てるような、そういうものづくりにも挑戦していきたいと思っています。ずっと鍛錬はつづきますね。