インタビュー

ものづくり探訪「江戸時代から続く伝統の染物技法。東京染小紋」

日本には、誇るべき文化や芸術と、それにともなうたくさんの「技術」があります。逸品が生まれる、ものづくりの現場を訪れ、制作の背景や作り手の想いに迫る「ものづくり探訪」。今回、向かった先は染色技術の伝統を継承している「東京染ものがたり博物館」です。



風情ある神田川沿いを歩く




懐かしさがのこる路面電車に揺られ、降り立ったのは面影橋駅。風情あふれる神田川沿いを歩くこと数分「東京染ものがたり博物館」に到着しました。

「どうぞ」と迎えてくれたのは、伝統工芸士の浅野匠進さんです。浅野さんはこの道45年の型染め職人。ここ、東京染ものがたり博物館では、江戸時代から続く伝統的な染色技術を用いた「東京染小紋(とうきょうそめこもん)」「江戸更紗(えどさらさ)」を中心とする染色の技法や作品を、見ることはもちろん、体験させてもらうことができます。

そもそも「東京染小紋」とは、江戸時代に武士の裃をきっかけに本格的に発展した染色技法。「型染め」と呼ばれる彫刻された型紙に色糊を乗せる技術で、極めて細かい柄まで表現することができます。「江戸更紗」は、もともと中近東で行われていた染色「更紗」が、江戸時代に型染めの技術と融合することで生まれた染色技法です。


「染色には良質な水が必要なんです。適した水を求める流れで、染色業は昔からずっと川沿いで栄えてきました。この建物自体は大正3年のものなんですよ」。


染色の作業場へ


年季の入った建物内では、実際の染色作業も行われているということで、見学させていただくことに。ちなみに現在はここに13名ほどの職人さんがいらっしゃるそうです。

建物の奥へ足を踏み入れると、歴史を感じさせる引き出しが左右いっぱいに広がっていました。「ここには彫刻された型紙が12万種類保管されています。今はこれらを組み合わせていろいろな柄をつくっているんですよ。細かい柄になると彫ってもらうだけで数十万円にのぼります」。

主に伊勢の彫刻師が桐や小刀を用いて堀ったという型紙。「手すきの和紙を柿の渋で貼り合わせた地紙は、薄いけれどとても丈夫。光に透かすと美しいですよ」。

「ここは色糊をつくる場所です。お客さまからの依頼に合わせて、人の手で調整して色をつくっていきます」。蛍光灯の下で見える色、日光の下で見える色、地の色を重ねたときとのバランス。さまざまな計算と直感とで調整していくのだそうです。

糊自体は米ヌカとモチ粉に塩をまぜたもの。鍋で2度沸騰させ、化学染料を混ぜることで色の糊ができあがります。

「お客さまが持参された布の端を切り、理想の色になるまで試験染めを何度も何度も重ねながら慎重に色味をつくっていきます」。

「13mの反物に色をのせる機械です。ローラー部分に色糊をつけて色が均一に乗るようにします。おがくずは糊と糊がくっつかないようにするためのもの」。

「色を定着させるために、蒸箱でおよそ90度で30分前後蒸します」。


「水元(みずもと)と呼ばれる洗い場で、糊と余分な染料を落とします。美しい模様がくっきりと浮かび上がる瞬間です」。化学染料と反応しないように、基本的には井戸水を使用するそう。


「つなぐ」ことで「生まれる」




「ここは板場(いたば)といって、型付けを行う場所です。真っ白な生地をおいて、ヘラを使い、色糊を置いていきます」。腰ほどの高さにずらりと並べられた板の長さは7m。ふと見上げると頭上にも板がぎっしりかけられていました。ひとしきり完成したら、板ごと持ち上げて乾かすのだそうです。


ここで、浅野さんの匠の技を見せていただけることに。


迷いなくヘラを選びとると、スッと白生地の上に、型紙を乗せます。軽く身をかがめると、一定のリズムでなめらかにヘラを返していきます。あっという間に均一に色糊が置かれていきました。

型紙を外すと、繊細な線が綺麗に描かれていました。まさに匠の技。


「一人前になるには、作業場でみてもらったひとつひとつの工程をひたすら訓練しなければいけません。やさしい柄からはじめて、難しい柄まで、なんどもなんども生地の上で練習をする。最低でも10年はかかるね」と浅野さん。

制作中のうれしい瞬間をたずねてみました。「難しい柄が綺麗にあがったときが気持ちいいです。難しい柄っていうのは、細かいということ。万筋(まんすじ)、極鮫(ごくさめ)。湿度も影響するから、夏だと未だに10反やって3反は失敗する。だからこそ成功したときはうれしい」。

こちらが高度な技術を要する「極鮫」と呼ばれる柄見本。少しでも滲んだり、柄のつなぎ目がずれれば失敗です。

「すべての工程に気が抜けないから疲れちゃうんだけど、仕上がったときの喜びは大きい。目で見て、手で型をつないで、柄をつないで、ひとつの柄になって着物ができるっていうのが、なんかいいよね」。


新しい挑戦



浅野さんは、現代の生活シーンに寄り添ったものづくりも行なっています。1枚絹の両面染ストールは、裏に色が抜けない、糊の技術だからこそできるアイテム。「12万種類もの型紙があるんだから、これからもいろんな柄でつくっていけたらいいね」。

さらっとした生地に、モダンな柄が広がります。ブランド名は、博物館を運営する富田染工芸の明治創業当時の屋号“更紗屋吉兵衛”からとった「SARAKICHI(さらきち)」。ロゴの中にはひらがなで“さらきち”の文字が。デザインは神田川の水面にうつる面影橋をモチーフにしたものだそう。浅野さんが手がけるストールの他にも、さまざまなファッションアイテムが展開されています。




染めもの作品や老舗ならではの貴重な資料を見たり、実際の染色を体験することもできる「東京染ものがたり博物館」。職人さんたちはみなさん気さくなので、ひとりでも安心してたのしむことができますよ。わたしは型紙の繊細な彫刻と、浅野さんの美しいヘラさばきにうっとりしてしまいました。ぜひ足を運んで、貴重な伝統工芸に触れてみてはいかがでしょうか。


次回の探訪もおたのしみに。

東京染ものがたり博物館(富田染工芸)
住所:新宿区西早稲田3-6-14
電話:03-3987-0701
開館日:月~金曜日 10時~12時、13時~16時
※工房体験は要予約(平日のみ・5名さま以上)
取材・文 / 西巻香織   撮影 / 真田英幸

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