【連載】ものづくりと暮らす :暮らしのなかで、ものづくりをライフワークとしてたのしむひとのもとを訪ね、お話をうかがいます。
心地のいい家
冷たい風から逃げてバスに乗り込み、しばらくと揺られると、あたたかい日の差す郊外の住宅街に到着しました。
ウッドデッキを庭に構える1軒のお宅。ドアには、季節のスワッグが飾られています。
ドアの隣には手づくりの木製ポスト。お話をうかがうのが、ますますたのしみになります。
はじめまして、今日はありがとうございます。
「どうぞどうぞ」と、朗らかな笑顔と声で迎え入れてくれたのは、テレビや舞台で活躍するお笑いコンビ「バッファロー吾郎」の竹若元博さん。ご夫婦と2人のお子さん、愛猫といっしょに暮らす、自慢のご自宅です。
足を踏み入れると、吹き抜けの広々とした空間が広がり、たくさんの窓からあたたかい陽が差し込んでいます。足元には、奥まで続く「土間」。
テレビなどで何度か拝見していましたが、本当に素敵な空間ですね。
竹若さん
いえいえ、素人仕事で完璧じゃないところもいっぱいあるんですけど、ありがとうございます。
「住むひとに愛されている場所」、ひと目でそれが伝わってくるような内装とインテリアの数々。なんと、この内装のほとんどを手がけられたのは、竹若さんご自身とのこと。
吹き抜けの天井を見上げ、思わず「はあ、すごい」とため息をこぼしてしまいました。
「工夫」という思いやり
心地のいい風と陽が入り込むダイニングで、お話をうかがいます。
本や番組で拝見して、実際に見てみたいな、お話をおうかがいしたいなとずっと思っていたんです。
竹若さん
それはそれは、ありがとうございます。遠いところまで。
階段以外は、ほとんど竹若さんが手がけられたとうかがいました。
竹若さん
そうですね。細かいところやと、キッチン周りの一部は大工さんにお願いしてたり、買った家具もありますけど、基本的には壁も床も家具もすべて自分でやらせてもらいました。
きっと、相当なお時間をかけられましたよね。竹若さん
仕事もしながらですけど、5〜6ヶ月はやってましたね。仕事して、仕事が終わったらこっちに来て壁を塗ったり、キッチンの引き出しをつくったり(笑)。作業終わったらここで泊まって仕事に行って、みたいな繰り返しの暮らしでしたね。その期間はあんまり寝てなかったかもしれない(笑)。
半年間でご自宅すべての内装と、このお庭も?竹若さん
一部は、実際に引っ越してきてから、子どもたちにも手伝ってもらいながら作業しましたね。この庭もそうです。デッキや家具も、徐々にこしらえました。
ベンチもおもしろいですよね、タイヤがついてます。竹若さん
ああ、そうなんです。「子どもが座れるベンチをつくって」って言われたんですけど、つくってる途中でだんだん「このベンチ、重たいな」と思ってきて。子どもでも自由に運べたりできたらいいのにな、という発想から片方にタイヤをつけて、取っ手をつけて、運べるようにしたんです。子どもたちも喜んで引っ張って歩いてますね。
家族のどんな希望や要望に対しても「やってみよう」と取り掛かり、先を見据えてさらにもうひとつ“心地よく使える工夫”を凝らす。竹若さんのものづくりには、一貫してそんな「思いやりのアイデア」が詰まっていました。
「理想の住まい」を求めて
ご自宅を「自分で」と取り掛かられたのは、どういった経緯だったんでしょう?
竹若さん
子どもが幼稚園に通ってるころに、奥さんといろいろ話しはじめたんですよ。そのときは都内に一軒家を借りて住んでたんですけど、いつもどこか「狭さ」を感じていて。子どもたちが友だちを呼んで遊んだり、奥さんが近所のお母さんたちを呼んで話したりできるような場所もない環境だったからでしょうね。これから子どもが大きくなることを踏まえて、夫婦で「どうありたいか」みたいなことをいっしょに考えはじめたんです。
そこで、たどり着いたのがマイホーム。竹若さん
そうですね。ただ、都内でいろいろさがしてはみたんですけど、思い描く「理想」はどうしても叶わない物件ばっかりで。徐々に郊外にも目線を広げたんですけど、いざ計画をすすめていくと、もちろん予算のこともあるので「あれも削って」「これも諦めて」の繰り返しで、どんどん奥さんの希望や、子どもたちに提供したい環境とはかけ離れてしまったんです。「これじゃないなあ」と。いろいろと悩んだ結果、「自分でやるか」と。
現実的なコストで、理想をすべて叶える「手段」だったんですね。竹若さん
そうなんです。あれこれ自分でやれば、いろんな希望を諦めずに500万円ぐらいは削減できることがわかって。その浮いたお金は、さらに理想を叶えるために回せるんですよね。じゃあ、やってみるかと。
陶芸など、趣味として幅広くものづくりをおこなっている竹若さん。
イベントの小道具をつくられたり、絵を描かれたり、もともと手先がとても器用な印象ですが、それでも不安な気持ちはありませんでしたか?竹若さん
そうですねえ。それまでも「すきま家具」みたいなものはつくってたんですけど、それも我流のテクニックですし、床貼りとか壁貼りみたいなことは一切やったことがなかったんですよ。たしかに「できるかな…」という気持ちは多少ありましたけど、「やるしかない!」という思いで(笑)。
すべては下準備から
実際の作業は、ご経験のない「床貼り」「壁貼り」の作業がとても多いですよね。
竹若さん
そうなんですよ、これが(笑)。技術はもちろん、つくる前の下準備がすごく重要になってくるんですよね。
設計図のようなものを書かれたり?竹若さん
そうなんです、「製図」とまでは言いませんが「タイルをどう並べるのか」「木材をどう重ねるのか」みたいなことで、必要な素材や作業の量がめちゃくちゃ変わってくるんですよね。ぼーっと作業してると、どんどんしわ寄せができてしまうので(笑)。「この作業は、これをやってから」とか、「こっちを上にした方が、耐久力いいんじゃないか」とか、いろいろ考えながら準備する時間はしっかり取りましたね。
竹若さん
ここのダイニングの床のタイルも、なるべく作業が少なくて済むように考慮して並べ方を考えていくんです。ノートに部屋の寸法をつくって、そこにタイルのサイズのカードを配置したりして(笑)。
まず、そのパズルの工程が完了しないとー竹若さん
タイルを貼る作業にはすすめないわけです(笑)。
それはちょっと、気の遠くなるような作業ですね。竹若さん
でも、ぼく、そういうの結構好きなのかもしれないですね。たのしかったんですよ。理由のひとつは、「見える作業」だったからだと思うんです。
「見える作業」。
竹若さん
ひとつひとつ片づいていく工程ですし、実際に作業するときに、必ず自分を楽にしてくれるものだっていうのがわかってるので。バチッと決まったら、順番に並べていく。それも目に見えてすすんでいくので、やみくもに宿題をやらされるような「これ、なんのためにやってんねやろ」みたいな仕事ではないんですよね。
たしかに「わかりやすさ」のある作業かもしれません。ということは、きっと逆に「目に見えないような」「わかりにくい」お辛い作業があったんですね(笑)。
「壁塗り」ですか?竹若さん
これまた下準備になるんですが、この「珪藻土(けいそうど)」はいきなり塗れるものではないんですよ。はみ出してもいいようにマスキングテープを貼って、さらにナイロンを敷いたり、石膏ボードを貼り付けたり。この石膏ボードというのも、なにもケアせずに塗りはじめると、どんどん浸透していってしまうんです。そうすると仕上がりがボコボコになってしまう。その浸透を防ぐためにはビス山の部分にひとつひとつコーティング剤を塗っていかないといけないんですよ。
それはまた地味な作業が続きますね…
竹若さん
そうでしょう(笑)。壁は2階にももちろんありますから。すべて合わせると、すごい数なんですよね。1週間ぐらいかかる作業なんですけど、見た目がまったく変わらないわけなんです。毎日8時間ほど費やしてもずっと変わらない。さすがに、くじけそうになりましたね(笑)。
仕上がりに差が出るとはいえ、途中は骨が折れますね。おひとりの作業ですから、「前に進んでる感じ」というのはすごく大事だったんじゃないでしょうか。
竹若さん
まさにですね。写真を撮って、奥さんや子どもたちに見てもらうのをたのしみにしてたんで。その工程がいちばんきつかったですね(笑)。でも、その作業が終わって珪藻土を塗り出すと、見る見る変わっていきますから。結局、しんどさよりもたのしさのほうが勝ってしまうというのがおもしろいですよね。
それは、ものづくりを愛するひとの「性(さが)」みたいなところがあるかもしれませんね。竹若さん
やっぱりそうですかねえ。壁塗りも、文化教室に習いに行ったんですけど、そこでちょっと褒められたのがうれしくて(笑)。土間の吹き抜けの部分とかは、さすがに足場を組んだりもしないといけないので、左官屋さんにお願いしたところもあるんですけど、プロの作業をこの家で見せてもらって。無料の授業みたいなものですよね。職人さんも黙々とやりたかったかもしれないんですけど、ぼくはもうべったりついて(笑)。「すごいですね…」って言いながら一生懸命見てたら、めっちゃ丁寧におしえてくれはるんですよね。「お前これ持ってるか?めっちゃ便利やぞ」って道具も親切で譲ってくれたり(笑)。壁塗りは、そうやって教わりながらすすめていきましたね。
経年や変化をたのしむ
「珪藻土の壁」にはこだわりがあったんですか?
竹若さん
やっぱり、子どもたちのことを考えると、せっかく空気のきれいな郊外に来たことですし、接着剤の香りが立ち込めるような家ではなくて、自然のもので、湿度も調整してくれる壁にしようね、というのを話し合いで決めてたんです。最初から「職人さんの仕事みたいにきれいな壁にはならへんよ」ということも話していて、奥さんも「その陰影が味になると思うし、つるつるの壁よりもそのほうが絶対にいいと思う」という意見で。
事前のお話し合いが、本当に素晴らしいですよね。
竹若さん
そのほかの箇所もすべてですね。奥さんのアイデアのもと、いっしょに話し合いながら決めました。全部そのおかげだと思うんですよ。
キッチンの天板の鉄も、火のまわりのレンガも、経年をたのしめるような素材が多いですね。
竹若さん
それもやっぱり、奥さんのアイデアで。子どもも猫もいる家庭なので、「きれいにしないと!」「傷ついたらどうするの!」と神経質になるよりも、年月を重ねて変わっていく様をたのしもう、と。このレンガも、わざと油を吸い込むような素材のものを使ってるんです。だけど、それが味になる。天板の鉄や珪藻土もそうですね。毎日いろいろなことが起きますから。それでもストレスなく過ごせる。奥さんにそういうビジョンがあったことは、とっても感謝してますね。
引き出しもたくさん。とても使い勝手がよさそうです。
竹若さん
このへんも、「ここにはこれぐらいの大きさの鍋を入れたい」「これぐらいの個数が必要だ」というのは、奥さんが全部考えてくれました。希望が最初からちゃんとあったので、ぼくは「じゃあそれをかたちにしよう」と。さらに奥さんの希望以上のなにかをできないかな、という部分を一生懸命考えたりして、すごくたのしめたんですよ。
流しやコンロ台も、快適に使えるよう奥さまの身長にあわせた高さでつくられています。
竹若さんの手作業でタイルが貼られた洗面台。お化粧がしやすいように、と自然光・ライトどちらの光も利用できるようになっています。
お2人にしっかり共通のイメージがあって、奥さまの構想やアイデアと、竹若さんの実現力でかたちにしていったんですね。竹若さん
本当にそうですね。自分ひとりでは、到底考えつかなかったようなアイデアでいっぱいですから。
子どもたちとの暮らし
「土間」はお子さんの遊び場にもいいですね。やはりご出身の京都の文化でしょうか。
竹若さん
そうですね。ぼく自身、子どものころ土間で友だちといっしょに遊んだ記憶がすごくあって。「家の中にいるのに、外みたいな感じ」というのがおもしろかったんですかね、秘密基地っぽい感覚もあって。まだまだ、外でどろどろになって帰ってくることも多いですし、こういうのを取り入れてみたらどうかな、と。あとは「ドア」ではなくて「土間」で空間を仕切ってるので、奥さんがキッチンにいてもテレビを見てる子どもたちに目が届くんですよね。つくって本当によかったなと思ってます。
お子さんへの想いが、いろんなところに込められているんですね。竹若さん
自分自身の「こうしたい!」という発想だけで考えた家だとしたら、きっと途中で面倒になって「もうこれでええわ!」「タイルなんかええわ、絨毯ひいとけ!」みたいになってしまってたと思うんですよ(笑)。壁なんて、「もう壁紙貼っとけ!」ですよ(笑)。でも奥さんといっぱい話し合って、子どもとの暮らしを一生懸命考えた家なんで。だからこそ、完成できましたよね。
「自分の城」を持つ
吹き抜けの階段を上り、2階も見せていただくことに。
廊下には、漫画や玩具がずらり。
打って変わって、ここは「竹若さんの城」という感じがしますね。竹若さん
そうなんです(笑)。子ども部屋はあるんですが、ぼくと奥さんの部屋は、この家にはないので。廊下を無理やり書斎にさせてもらってます。もともとは、ここにも壁があったんですけど、ハウスメーカーさんに「ここを本棚にしたいんで、凹ませられませんか?」って相談しました。棚は自分でつくって、漫画やらおもちゃを好きに並べてますね。
「男の子の憧れ」が詰まったような空間ですね、「竹若さんをつくり出した要素たち」といった感じがします。
竹若さん
そうですねえ、漫画やヒーローなんかは本当に大好きで(笑)。これでもずいぶん処分したんですけれど。
ここでは、どんな時間を過ごされてるんですか?竹若さん
パソコンでなにか作業したり、絵を描いたり。子どもたちが隣に座って、いっしょに宿題をすることもありますね。ごちゃごちゃっとした空間も好きなので、心地はいい場所です。
「コントを書く」というものづくり
バッファロー吾郎のコントには、漫画の話もよく登場しますよね。ネタも「ものづくり」のひとつだと思いますが、やはり、ほかとはまったく異なる「生み出し方」ですか?
竹若さん
どうでしょう、でもきっと共通してる部分はあると思うんです。ぼくらは相方と2人で話しながら、ああでもない、こうでもない、とつくるんですけど、「土台」になる設定づくりがめちゃくちゃ重要なので、そこにすごい時間かけてる気がしますね。
ここでもやっぱり、「下準備」ですね。
竹若さん
そうですね、そこさえ決まれば、すいすいすいとたのしくすすむもので。「こんなんどうやろ?」とお互いに出しあって、イメージが見えてくるまでまずは悩みますね。「これは、見える!」「これや!」って2人で言い合える設定を生み出せるか。そこまでいけば、あとは大喜利みたいに「こんなこと起きるんちゃうか」っていうのを言いあって広げていって。たとえば「もしも、石原軍団に文化祭のオファーして、なぜかほんまに来てくれたら」っていう設定がパーンっと決まったら、「楽屋からこんな話し声聞こえてくるんちゃうか」「目離した隙に、校庭で炊き出ししてるんちゃうか」「これ、ちょっとおもろいかもしれんな」という感じで(笑)。
あははは(笑)。しっかり下準備しないと、到底発想できない設定ですね。竹若さん
まずはそこなんですよね。2人がピンとくるような、すいすい泳げるような設定が決まれば、あっという間にできるって感じですね。
奥さまといっしょに共通のイメージをつくっていかれた「家づくり」ととても似ているんですね。竹若さん
ほんまですね、根本はいっしょなんでしょうね。お互いにお互いの「いいと思うもの」をよく聞きながら、ひとつのイメージをいっしょに共有していって。そこからアイデアを出す、という。そう考えると全部いっしょでおもしろいですねえ。
たいせつにしたいのは、聞くこと、話すこと。
このお家に住まれてみて、最初にご夫婦で考えられた「イメージ通り」ですか?
竹若さん
5年ぐらいになりますけど、想像してたより心地いい、住みやすい、ぐらいかもしれないですね。気に入ってます。
竹若さん
素材のひとつひとつもそうですし、インテリアにしても「息がつまらない感じ」をちゃんとつくってくれてるねんな、と思いますね。毎日生活するスペースなんで、かっこいいだけではやっぱりだめで。シンプルだけど、ちょっとごちゃっとしてる、余白もある、みたいなところが落ち着きますし。
ゆったりと変化や年月をたのしめるような、思いどおりの空間になってるんですね。
竹若さん
そうですね。やっぱりそこは、本当に奥さんに感謝で。「こんな暮らしをしようよ」っていうビジョンをしっかり持ってて。ぼくもいいなと思えたし。ネタづくりといっしょで「そしたら、こうしたほうがいいいな」「こうするのはどうやろ?」って、最初にいっぱい話しあったことが、本当に活きてますね。
きっと、竹若さんの「聞く力」「いっしょにつくりあげる力」も、とても大きいんだと思います。大事なのは、コミュニケーションという下準備なんですね。
竹若さん
そうですね、そこさえ決まってれば、あとは順番に作業していくだけですから。ちょっと壮大ですかね、「DIY」に必要なのは実は人間同士のコミュニケーションである、というのは(笑)。でも、ほんまにすべてそこだと思うんですよね。だから、「ぼくがつくった家」という感じはまったくしてないんですよ。途中の作業を主にぼくが担当しただけで、ここは、子どもたちと暮らすために奥さんと「いっしょにつくった家」なんですよね。
竹若元博(たけわかもとひろ)
1970年8月12日生まれ。京都府京都市出身。バッファロー吾郎Aとともに、お笑いコンビ「バッファロー吾郎」を結成。テレビや舞台を中心に幅広く活躍し、「キングオブコント」では初代チャンピオンに輝く。よしもとクリエイティブエージェンシー所属。
取材・文 / 中前結花 撮影 / 真田英幸