執筆:中前結花 イラスト:misa itoi
言葉で見る「色」
色辞典によると「あか(赤)」は、こんな色だそうです。
(「色の辞典」/ 雷鳥社 より)
普段、わたしたちが「元気に見える」「なんだか色っぽい」などと、とても感覚的に捉えているはずの色も、「色事典」ではこれほどたくさんの言葉を使って、丁寧に説明されています。
「たとえば、こんな説明かしら」と自分なりの予想を立てながら、辞典を開くのもおもしろい。
書きものをするわたしにとって、これは刺激にも学びにもなる、ちょっと特別な遊びなのです。
凝り性のわたしは、金色のボタンをコレクションしてみたり、部屋中の家具をアイスブルーに塗り替えたり…と、その時々でいつも「ピンとくる色」に夢中になります。
これは、そんなわたしがこれまで恋した色のなかから、毎回1色を「わたしなりに説明してみる」連載企画。
初回に選んだのは、「カーキ」です。
「カーキ」とは
そもそも「カーキ」とは。
その名前が指す色は、深い緑から橙に近いものまで幅広くて、特に「これ」といった定義のない、つまるところ“便利な総称”のようなもののようです。
辞典では、「オリーブ色」や「老緑(おいみどり)」などに別れ、細かに説明されていますが、ここでは色名「グリーンアース・テールベルト(あまり耳に馴染みがないですね)」としてご紹介します。
(「色の辞典」/ 雷鳥社 より)
ー 「緑土」。青々と草木が茂る地の、静かで冷ややかな土の色…と捉えれば、たしかに「ぴたっとくる」説明のようにも思えてきます。
ファッションや身のまわりの道具として取り入れれば、夏には落ち着いた涼しげな印象を、冬にはちょっとしたスパイスを与えてくれる頼もしい存在です。
ファッション雑誌では、どんな組み合わせでも嫌味なく引き立ててくれる「万能カラー」として紹介されていることも多い、この色。
しかし、実はわたしにとっては長らく「とても遠い色」でした。
思い出すのは、アンドレアのワンピース
わたしが「カーキ」と言われていちばんに思い出すのは、映画「プラダを着た悪魔(2006年)」で、アン・ハサウェイ演じるアンドレアが、街なかで着ていたワンピース。
シンプルながら、胸元が強調される襟ぐりのデザイン、白い肌とカーキのコントラストの美しさには、女性のわたしも思わずどきりとしました。
当時は、CalvinKlein(カルバンクライン)に「同じものを」と問い合わせた女性がとても多かったんだとか。
劇中でアンドレアは、ジャーナリスト志望の(序盤は)少々野暮ったく硬派な女性。人気ファッション誌の鬼編集長・ミランダのもとで奮闘する姿に、当時、マスコミ系の学科に進んだばかりだったわたしは自分を重ね、大いに励まされました。
反面、繰り返すように何度も見るうち、わたしはその主人公の勇敢で知的な姿に、嫉妬にも似た思いを持ちはじめます。それはなにも白く透き通った肌や、豊かな胸に限った話ではありません。
そのころ、鬼の編集長・ミランダに勝るとも劣らぬ「冷たく、恐ろしい」ことで有名であった先生のクラスで実習に励んでいたわたしは、トイレの個室に閉じこもっては泣いてばかりの毎日を過ごしていたのです。「レジュメ(要約資料)に無駄がある!」と言っては呼び出され、「プレゼンする声が高すぎる」と長々と注意された日には「理不尽すぎやしないか」と心の中でもさめざめと泣き、その時間は永遠にも感じられました。
劇中では「変わりはじめたアンドレア」を象徴するファッションとして登場するこのワンピース。いつしか「映画なら上手くいくけれど」という、わたしのちょっとした嫉妬の対象になっていました。
上司の小型扇風機
それから時は経ち、わたしは卒業して上京。活気のあるIT企業で働きはじめました。最初の上司は、さらなる過激さを持っていたため割愛しますが、2番目の上司は、なにもかもスマートにこなす男性でした。
恋心、というのではなく、「ああ、これが大人の男性なんだわ」と半ば「感心」にも似た気持ちで憧れました。
就職して2年目の夏が訪れて、その上司が職場のデスクに持ち込んだ小型の扇風機。その扇風機の色が「カーキ」でした。
今でもよく覚えているのが、企画書のチェックをしてもらうために席横に立ち、何気なく「こんな色の扇風機があるんですね」と話しかけてみたときのことです。
「そういう色を選ばないとね」
「どういう意味ですか?」
「ん?女性が、『こんな色の扇風機があるんですね』って話しかけてくれるだろう。大して涼しくないんだから、そのぐらい価値がないと困っちゃうじゃない」
白い歯を見せて笑う上司に、鏡も見たわけではないけれど、ジリジリと赤面してしまうのが自分でもよくわかりました。
ちなみに、その人は大変よく褒めてくれる上司で、「資料に無駄がないね」「プレゼンのときは別人だね」とも言いました。
「鬼の教師もやるじゃないか」と小さく感謝したものです。
カーキは、わたしにとって「ちょっと大人の」「余裕を感じる」特別な色になりました。
ここ数年、カーキのジャージードレスに袖を通すようになったのは、当時の上司と同じくらいの年齢に差し掛かったからかもしれません。
カーキのアイテムをひとつ
せっかくなので、気になったカーキのファッションアイテムを1作品選んでみました。メタリックなモザイク模様が、メンズライクな印象も与えてくれます。落ち着いた色味で悪目立ちせず、陶土の質感がクールなので、まさにプレゼンのような勝負時にもいかがでしょうか。
作品を見る
来月は、どんな色にしましょう。どうぞ、おたのしみに。
第1回目の今回の挿絵は、イラストレーターで映像作家のmisa itoiさんにお願いしました。
普段から作品のファンで、部屋の壁には、額に入れてポストカードも壁に飾らせていただいています。今回、お仕事をご一緒できて、完成度の高いラフから完成まで本当に幸せでした。素敵なイラストをありがとうございました。(中前結花)
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