執筆:中前結花 イラスト:penitto
今月の色は「カメリア」
そもそも「カメリア」とは。
その名前が指す色は、いわゆる「ショッキングピンク」と呼ばれるような、明るく華やかなピンク色の一種です。近しい色は、「薔薇色(ばら)」「唐紅色(からくれない)」。花々から名を取ったとおりの、パッと惹きつけるような鮮やかさが魅力です。
(「色の辞典」/ 雷鳥社 より)
『椿姫』は戯曲としても愛される長編小説で、ヒロインである椿姫は「あたしを好きだって人の言うことを、一々きいてなきゃならないんじゃ、それこそご飯たべるひまだってありゃしないことよ(『椿姫』<訳>新庄嘉章 より)」と自ら話すほどの、華やかで美しい女性でした。その結末こそ悲劇ですが、この色が与える艶やかな印象と、まさに「ぴたっとくる」名前のように感じます。
春夏のファッションの主役として、秋冬には差し色としても活躍してくれる、スパイシーさが魅力。この色はわたしにとって長らく、「自分自身」とも言えるような、とても大切な色でした。
自由の象徴「ピンク」
この色が「カメリア」という名前だと知ったのは、ずいぶんと大人になってからのこと。
物心がつく前から、ひとり娘のわたしの身のまわりは、いつも「ピンク」であふれていました。生まれたばかりのわたしの写真も、その“お包み”はピンク色。3歳になったわたしも、5歳になったわたしも、アルバムを覗けばピンクのエプロンやピンクのワンピースに身を包み、長い髪を結ってにこにことしています。
お人形のように育った幼少期を過ぎても、黒や濃紺を好む母の趣味などお構いないしに、わたしはいつも「ピンク色」を選び取り、身に着けたり持ち歩いたりしました。「ピンクは女の子の色」。長い髪は、いつだって腰まで伸びていました。
ところが、やがて中学校に入学すると待ち構えていたのは「制服」です。決められた地味な洋服、それも毎日同じものを着て出かける…これは、わたしにとって息が詰まるほどの「退屈」でした。「せめて」と、いくつもピンク色のカチューシャを揃えて毎日頭に乗せました。首に巻きつけるリボンは、不人気でだれも身に着けていない「毒キノコ」と揶揄されていた柄を好んで身に着けていました。友だちに「どうして、そんなのつけるの?」と尋ねられると、「えんじ色の(リボン)は無くしたの」と答えます。目立ちたい気持ちはないけれど、「一緒じゃ、つまらないなあ」と飽き飽きしていたのです
その飽き飽きとした気持ちは、大学へ進学した途端に、もはや「爆発」のようなものを伴って解放を迎えます。ピンクのコートに身を包み、ピンクのヒールを履いて、カメリア色の「MARY QUANT」や「kate spade new york」のバッグを持って、闊歩(かっぽ)しました。「マスコミ学科には“ピンクの子”がいる」と噂され、学部でいちばんの「変わり者」とされた教授だけが「きみは、遠くからもよく見えるからいい」と褒めてくれました。
選んでいるのか、選んでいないのか
卒業後、上京したわたしの「ひとり暮らし」がはじまりましたが、もちろん部屋のインテリアはすべてがピンク色。カーテンやクッションのリネンにとどまらず、テレビ台や冷蔵庫に到るまで、その機能性には目もくれず「ピンク」のカラーを出しているメーカーやブランドだけを選びとって揃えていました。
そんなある日、「なんて、知的な人だろうか」と常々尊敬していた女性の先輩が部屋に訪れ、帰り際に「あなたは、やっぱり天才だと思う。ジョブズや松本人志と同じなのよ」と言いました。うれしくなって「どんな意味ですか?」とたずねると、「彼らは、服を選ぶのが面倒で、そんな時間があるなら創作や空想にあてたいから、同じ服ばかり着るのよ」とおしえてくれました。
まさか、究極のミニマリストの服の選び方と、自分の「もの選び」が同じだなんて。
しかし、その言葉には「はっ」とするものがあり、深く納得せざるを得ませんでした。当時のわたしは、ピンクであれば「もの」はなんでもよかったのです。
そのものの「素材」や「心地」、「機能」だなんて知ろうともせず、ましてや「つくられた経緯」やその裏側に思いを馳せることを、そのころのわたしは知りません。シーンを頭に描いて、「どんなものを選ぼうか」と悩むこともなく、ただただ盲目的に「ピンク色」を選び取っていた自分が、「天才」はおろか、どこまでも無自覚で、途端に恥ずかしくなりました。
わたしは、本当の意味で選んではいなかったのです。
わたしらしく、あるための色
その夜、「編み物の先生」であった母に電話でこの話をしました。その返事を、今でもよく覚えています。「今度、手芸屋さんに行ってごらん。毛糸の売り場に行って、今のあなたが、いちばん『いいなあ』と思った色をお母さんにおしえてくれる?」。後日、わたしは手芸屋さんに出かけて、「深いモスグリーンがきれいだと思った」「だけど、よく見ると、どの色も全部すごくきれいだった」と報告したのでした。半月後、丁寧に編まれたモスグリーンのスヌードが送られてきました。
そんな調子だったわたしが、いまでは「もの」がつくられた過程や想いを伝える仕事をしているから、不思議なものです。「ピンクの子」は卒業し、いまではたくさんの、吟味して選んだ「色」や「素材」に囲まれて暮らしています。
唯一、唇にだけは「カメリア」のリップを乗せています。毎日同じものを使ってもう4年になりますが、これはけっして「選んでいない」というわけではないのだと思います。「毎日、これを選んでいる」のだと胸を張って言える、お気に入りの色と出会えたのでした。
カメリアのアイテムをひとつ
せっかくなので、気になったカメリアのファッションアイテムを1作品選んでみました。カルセドニーを使ったシンプルなネックレスです。明るくビビットな印象が、これからの季節にもぴったり。「本来の力を引き出す」パワーがあるとも言われている石ですから、まさに自分らしくありたい、そんな気分のときにおすすめです。
作品を見る
来月は、どんな色にしましょう。どうぞ、おたのしみに。
第2回の挿絵は、手刺繍、手縫い作品も手がけるイラストレーター・penittoさんにお願いしました。
普段から作品をたくさん拝見していて、艶やかで明るくポップな「カメリア」という色合いにぴったりのテイストだと感じ、お願いしました。完成したイラストを届けていただく度、胸が踊りました。本当にありがとうございました。(中前結花)
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