【連載】つくるしごと :ものづくりを手がけるプロフェッショナルに、そのお仕事との向き合い方について、お話をうかがいます。
冬の江ノ島
わたしたちが向かったのは、武田双雲さんが主宰する書道教室「ふたばの森」。江ノ島駅で下車し、冬の海のやさしい潮風を感じながら歩くこと5分。静かな住宅街の中にありました。
心地いい墨の香りに包まれた書道教室。辺り一面には書をはじめとする、さまざまな作品が飾られていました。教室のスタッフの方から「どうぞ」と差し出していただいたのは金箔が美しい梅のお茶。
どことなく、姿勢を正して取材の準備をしていると、「どうも!本日はよろしくお願いします。楽にしてくださいね~!」と気さくな笑顔とともに武田双雲さんが登場。
かしこまっていた空気が一瞬にしてふわっと溶けていくようでした。
インタビュー取材、スタートです。
書道家・武田双雲の誕生
ここにもたくさんの書の作品が飾られていますが、そもそも書道家になられた経緯をおしえてください。
双雲さん
母が書家だったので、幼い頃から書道に親しみはあったんですが、毎日何も考えずに生きていて(笑)。大学卒業後は、NTTに就職しました。そこで『◯◯さんからお電話がありました』とかって書くメモ紙を、普通じゃおもしろくないなと思って、和紙とすずりを買ってきて、墨で書いていたんですよ。そうしたら『字が綺麗』と噂が広まって。先輩や他部署の人から『わたしの名前、書いてくれる?』とか『お客さまの名前を書いてほしい』と言われるようになったんです。
双雲さん
ある日、1人の女性社員が、ぼくが書いた名前を見て、涙を流して喜んでくれたんですよ。自分の名前が嫌いだったけれど、好きになれたって。その瞬間に、『ぼくは世界中の人の名前を書こう!』って思って、そのときすった墨で辞表を書いて提出したんです(笑)。それがきっかけ。
かなり衝撃的な出来事ですね。書道家として活動をはじめて、メディアの注目を集めるようになったきっかけはあるのでしょうか。
双雲さん
独立してすぐに、インターネットベンチャーを立ち上げました。『ふで文字や.com』といって、表札や名刺をぼくが筆文字で書いて納品するんです。もともと理系でIT系の知識があったので、インターネットと書道の組み合わせっておもしろいなと思ったのと、これならみんなの名前を書くことができるでしょう。その発想が個性的だということで、すこし世間から注目を浴びたんです。
双雲さん
そのときのホームページに、活動だけでなく、書道のおもしろさ、歴史なんかをおかしくふざけて書いていたら、それを見た出版社からオファーがあり、『「書」を書く愉しみ』という本が出版されて。これがちょっとヒットしたんですよ。その本をきっかけに『世界一受けたい授業』に出演することになるんですが、そこで今度は視聴率1位をとってしまったんです。それから『いいとも』のテレフォンショッキングや『徹子の部屋』など有名な番組にも出させていただくことになりました。書道家として独立してから5年も経たないうちに、書道教室は満員になっていました。
「だからぼくは、“書道家”というイメージとは遠いかもしれませんが、インターネットでデビューしたようなものなんです」と語る双雲さん。2006年頃からはじめたというブログの更新は1日も欠かしたことがないそう。
日々の制作活動に加えてブログも毎日更新しているというのはすごいことだと思います。アウトプットし続けているんですね。
双雲さん
いえいえ、ぼくはただ伝えたいことが、た〜くさんあるからなんです。人って感動したら誰かにその気持ちを伝えたいじゃないですか?
「感動」の味わい方
双雲さんはNHKの大河ドラマ「天地人」の題字や、世界遺産「平泉」のロゴ、明治神宮前駅「希望」のパブリックアートをはじめ、膨大な数の作品を手掛けられています。さらにこれまでに出版された著者本は50冊超。
アートワーク作品も、日々生み出し続けています。
日頃からインプットは意識されていますか?
双雲さん
日々の感動ですよね。ぼくは毎日たくさん感動をしていて、それがアウトプットとして、作品や今日のような取材、ブログなどにどんどんあふれ出ていくような感覚です。
日々、どんなことに感動されるんですか?
双雲さん
あらゆること。たとえば、朝起きるときもただ、ぱっと起きるんじゃなくて、自分の体を愛おしみながら『動き出した~』っていう感覚を味わいつつ、ゆっくりと起き上がるんです。歩くときもね、『床の感触!』とか『靴下の厚み〜』とか、そのひとつひとつを味わう。そういう感覚を大切にしていると、毎日が感動に満ちてきますよ。
双雲さん
感動することを忘れてしまったという人がいたら、ひとり女子会のスタンスで日々を過ごすことをおすすめします。ぼくなんて、毎日ワ~キャ~言ってますよ、心の中で(笑)。たとえば女性って、目の前にケーキが出てきたときに、『可愛い』『やわらかい』『甘い』『いい香り』『サクサクいってる』とか五感を全部言ったりしますよね(笑)。それを一緒にいる友だちに伝えて分かち合ったりする。ぼくはこれを『幸せ所作』って呼んでるんですけど、それを日々に落とし込んで過ごしていると、自然とこの感動を誰かに伝えたい、発信したい、という想いが強くなっていくんです。
感動は創作の力に繋がっているんですね。
双雲さん
そういうことです。あとは、あるときから自分の人生を表す一文字を『楽』に決めたんですよ。とことん、何でもたのしんでやるぞと思って。なので、たのしそうだなと思うことを、極上機嫌で、存分にたのしんでやっていますね。
双雲さんの「書」の枠を超えた作品づくりには日々の感動と、「楽」の一文字がありました。
吹き抜けの階段横に飾られた作品は、水の神様のような神々しい雰囲気から「水神様」と名付けたそう。
「叶」という漢字から生まれた作品。描いているうちにだんだんと儚げな女性の姿に。
双雲さんが創作し続けている「楽園シリーズ」。『楽』という文字をさまざまなインスピレーションや手法で描き続けています。
門から書道教室へのアプローチにも、教室のいたるところにも『楽』の文字が。
作品たちを拝見していると、ふと「ほら、これ見てください。ここ!」と双雲さん。作品をよく眺めると、小さなキャラクターの姿が。
双雲さん
ここにも。これはぼくの落書きから生まれたキャラクターの墨生(すみお)くんです。たまに作品の中にあらわれますよ。見つけると『あっ、いた!』ってなんだかたのしい気持ちになりませんか(笑)?
双雲さんは、人生をたのしむには、人をたのしませるだけでなく、何よりまず自分をたのしませることが大切なのだと言います。
偶然が生む奇跡
創作において、スランプの体験はありますか?
双雲さん
日々感動しているので、インプットは十分。創作自体もたのしくて仕方ないので、スランプや生みの苦しみは経験がありませんね。もしかすると、他人からみたら“苦しい”とされることもひっくるめて、たのしんでしまっているのかもしれない。最近の創作は、おもしろそうだなと思った素材を買ってきては、とにかくぶちまけるというスタイルです(笑)。
双雲さん
とくに金粉がお気に入りで、ふりかけのようにかけたりしています。これは、実は一切青い色は使ってないんですよ。不思議でしょう。盛り上げ材と、にかわと金の粉が、水に濡れているときに反応して青く変色してしまったんです。一部はドライヤーで乾かしていたら黒くなってしまって、それがカッコよかったり。こういう偶然の産物がおもしろくて仕方ないんです。
金粉に、ビスマスと呼ばれる原子を組み合わせた作品。200℃以上500℃未満の高温で溶かすことで生まれる、美しい自然の結晶にうっとり。
墨、アクリル絵の具、新聞紙、瓶の蓋などさまざまな異素材を組み合わせて制作された躍動感に満ちた立体的な『楽』。
書道は平面ですが、立体も組み合わさるとおもしろいですね。
双雲さん
いいですよね。ぼくは1年前から陶芸に興味を持ちはじめました。土の手触りや香りが心地いいんですよ。アメリカで出会い、陶芸って器をつくるものだとは知らなかったので、全然器としては使えないんですけれど(笑)。これも上から見ると『楽』という文字が見えてくるんですよ。
双雲さん
今後、アメリカに移住する予定があるんですけど、向こうの家でも自分で窯をもって陶芸をやりたいな、というくらいハマってしまいました。アメリカのみなさんは感性がとても豊かなので、ぼくも移住したら、もっといろんな感覚が開いていくんじゃないかなとたのしみです!
最後に、すこしだけアート作品の制作の様子を見せていただきました。
白に白で文字を表現したいという双雲さん。「環境問題へのメッセージを込めて、ビニールを使おうか」と部屋の中のビニール袋を手にとり、丸めたり広げては重ね、『楽』という文字をつくっていきます。「あとは何でこのビニールを固めるかだなぁ。金粉も合うかもしれないし…、はらいの部分には書道教室の生徒の落としものを貼るのもおもしろいかも!(笑)」。キラキラとした眼差しで創作をする双雲さんの姿がそこにありました。
本邦初公開!?ビニールで描く「楽園シリーズ」の最新作。完成がたのしみです。
武田双雲(たけだそううん)
1975年6月9日生まれ。3歳より書家である母・武田双葉に師事し書を学ぶ。大学卒業後、NTTに入社。約3年の勤務を経て書道家として独立。アーティストとのコラボ、パフォーマンス書道等、枠にとらわれない活動で注目を集め『世界一受けたい授業(日本テレビ)』などメディアにも多数出演。著書は50冊を超える。2020年2月、都内にて自身初のアート作品展を開催予定。
取材・文 / 西巻香織 撮影 / 真田英幸