「手」だけが成せるいい加減
みなさんは「鋳金(ちゅうきん)」をご存知でしょうか。鋳型(いがた)と呼ばれる型に、溶かした金属を流し入れてつくる金属工芸のことで、歴史の教科書で弥生時代の青銅器「銅鐸(どうたく)」などの作品として、目にしたことがある人も多いのではないでしょうか。
今回はそんな鋳金の技術で、著名な建築物の装飾や胸像なども数多く手がけられている「堀川鋳金所」におうかがいしてきました。
場所は東京の下町、西日暮里。駅から歩くこと数分、さり気なくも威厳のある、鋳金の看板がお目見えしました。
「手前は事務所スペースになっていて、奥が工房になっているんですよ」。迎えてくださったのは、荒川区の無形文化財保持者でもある松本隆一さんと、4代目で同じく鋳物師の松本育祥さんです。
事務所の中は美術館さながら、さまざまな鋳金の作品がひしめいていました。中には著名な先生の作品や、門外不出のデザインレプリカもちらほら。
「伝統工芸日本金工展」での入選や、文化省長官賞の受賞など、華々しい経歴を持つ隆一さん。結婚をきっかけにグラフィックデザイナーから、鋳金の職人という道へ進んだのだそう。「鋳金の職人だった家内のお父さんを手伝いながら、すこしずつ技術を身につけていきました。最初の仕事は、できあがったものを納品に行くことだけだったんですよ」。
それから数十年。鋳金の技術は日々磨かれ、これまでに名だたる建築物、オブジェも手がけられてきました。
「おもしろいものだと、銀座にある「資生堂パーラー」入口のロゴは、型からつくりました。本来はスペインのデザイナーのロゴなんですが、あのカーブや細さは、機械だとどうしてもうまく立体で削り出せないそうで。あとは、東京都庭園美術館の一部の修復も手がけました。歴史的な建築物のときは、あえて新しくつくりすぎず、経年変化まで考えてつくりなおします。手でつくるからこそ、いちばんいい加減でできるんです」。
道具を駆使しながらも、最初から最後まで、その手の感覚で絶妙なバランスをつくりあげる鋳金。作業工程を見学させていただくべく、今回は比較的短時間で完成するという、錫(すず)のぐい呑をおつくりいただくことに。伝統の砂
打ち合わせスペースの奥には、広々とした工房が広がっていました。見慣れない道具がそこかしこに並びます。
「鋳金の仕事は本来は分業だったんです。はじめに作家さんが原型をつくる。原型から木型をつくる木型屋さん。その木型をうちのような鋳物屋が金属に仕立て直す。金属になったものを仕上げる仕上げ屋さんがいて、さらに色を付ける絵付け屋さんがいて。完成した作品を、業者が公園や建物などに設置をする。西日暮里は美術品の鋳物の産地として、いろんな工房があったんですよ。鋳物屋が何軒か建っていたし、鋳物に付随するような工房もあったらしいけれど、現在は鋳物屋はうちだけ。だから最初のデザインから、完成までをすべてやるようになりました」。
つくる作品に合わせて、焼き型、ガス型などさまざまな技法がある中で、今回見せていただくのは「生型技法」と呼ばれるもの。なんと砂と水のみで型をつくるのだとか。一体どのような工程で作品が生まれていくのでしょう。
小さな椅子に腰をかけると、砂を混ぜはじめる隆一さん。押し台と呼ばれる枠の中に、ぐい呑の原型を仕込み、砂をふるいにかけながら入れていきます。「混じりけのない均一な砂を使うことで型がより強固となり、面は美しく仕上がるんです」。
この砂の山は代々受け継がれてきたものなのだそう。「新しい砂をそのまま使うと金属に嫌われて、うまく仕上がらないんですよ。なので一度使ったものを元に、新しい砂を継ぎ足しては混ぜて使います。弟子が独り立ちをするときには、砂を一部分けてやる。この砂山の中には、100年前の砂つぶも入っているかもしれません」。
集中の連続
そっと押し台に手を伸ばし、そのまま真上に引き上げると、中から、ぐい呑の砂型が顔を出しました。湿気や水気の調整を加え、別れ砂をふるったら、再び台をかぶせます。
金属を流し込む、鋳口(いぐち)をつくります。口の部分に溶解した金属が触れると、砂の粒などと一緒に流れ込み、美しさにかけたり、穴が空くこともあるので、角は直角に。ちなみに、金属が通る湯道は、作品に合わせてわざと迂回をさせたり、一度途中で金属のかたまりをつくってからさらに流れ込むように計算してつくる、と技の見せ場にもなるそうです。
錫のインゴット(延べ棒)をバーナーで溶かし、サラサラの液体状に。融点は231℃。ただし、流し込む際の室温や風具合により温度は下がるため、逆算して高めの温度で溶かしていきます。今回は300℃で融解。
溶けた錫をかき混ぜさせていただきました。液体の中はサラサラなのに、金属(スプーン)に触れた箇所のみ、温度が低いため途端に張り付いて固まるという、なんとも不思議な感覚。
酸化や硫化した不純物を避け、溶かした錫を先ほどの鋳口から一気に流し込んでいきます。一定かつ一瞬のスピードで入れなければ、作品の表面にムラができたり、穴があいてしまうことも。
水蒸気爆発の恐れがあるため、重石をのせてしばし待ちます。
すこし時間をおいて冷ましたら台を開きます。ずっと砂だけが入っていたところから、美しいシルバーの金属を掘り出すような光景は宝探しのよう。特殊な長さの箸で作品を取り出し、さらに冷まします。
金属用の刃がついた板ノコギリで縁を切り落としたら、最後に仕上げ場に移動し、入念にやすりがけをします。
「金属によって、柔らかさが異なるので、それぞれの特徴に合わせてやすりも使い分けます。この錫のぐい呑の場合は、わざと鋳肌(いはだ)と言って、錫を流し入れたときの跡や、砂の粒子を写しとった模様を残しているんですよ。錫が固まってできる結晶がキラキラと光って美しいんです」。やすりがけで、厚みや角度などを調整したら完成です。金工の誇り
最後に、完成した錫のぐい呑で冷酒をいただきました。「指で持った感覚と、唇をあてたときの感覚ってけっこう違うんですよ」と育祥さん。
言葉の通り、見た目や手で持ったときの印象以上に、表面は薄くて繊細で、冷感もダイレクトに伝わり、まさに冷酒のための器と言わんばかりの美味しさを感じました。
「鋳物は、危険な作業も多く、意外と細かい神経を使うものだと思うけれど、自分の手で金属の形をつくりだせるっていうのはやっぱりおもしろいですね。何年も前の青銅器のように、朽ちても残り続けるところも魅力」。
先代の偉業もまた、目に見える形でいろいろなところに残っているそう。たとえば日本橋の麒麟像の一部、とくに難しいとされている平面部分もそのひとつ。「鋳物は模様があると金属が流れた跡もごまかせたりするので、まっさらな平面にこそ技術力が問われるんです」。
「わたしたちはあくまで職人で、依頼されたものをつくる場合、ほとんどの作品に名前を入れることはできないけれど、いいものをつくったな、思い描いたとおりのものができたな、っていうときのよろこびは何にも代え難い。いい鋳物をつくることができて、それがそこにあるという、それだけでいいんですよ」。
ご自身の作品を語られる以上に、尊い視線で先代や他の職人が生み出した素晴らしい鋳物の作品を見つめる姿が印象的でした。
細川鋳金所では、今回見学させていただいた「錫のぐい呑づくり」を実際に体験することもできます。また、6月5日(水)~10日(月)までの期間、日本橋三越本店にて開催される「伝統工芸 人間国宝と金工作家展」では、松本隆一さんをはじめ、さまざまな方の金工作品を直接目にすることができますので、匠の技をぜひご覧になってみてはいかがでしょうか。
次回の探訪もおたのしみに。
電話:03-3893-1442
営業時間:10:00~18:00
定休日:不定休
URL:http://www7b.biglobe.ne.jp/~horikawaimoji/
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