梅雨の晴れ間のとある日に、わたしたちが向かったのは八王子。
駅から徒歩15分ほどのところに、今回の取材先「渡辺木工挽物所」はありました。「どうぞ中へ」と晴れやかな表情で迎えてくださったのは、代表をつとめる渡辺雅博さん。父親の跡を継いで木工挽物をはじめたという、この道40年の職人さんです。「挽物の制作風景をぜひ見ていってください。なんでも聞いてくださいね」とにっこり。
「木」の不可思議さ
工房に足を踏み入れると、独特の木削り音にのって、心地よい木の香りが漂ってきます。あたりを見回すと角材、木屑、製品とさまざまな種類の木材がそこかしこに。
「木ってほんとうに奥深いんです。色や香り、硬さ。それぞれに違った魅力がある。柔らかければ削りやすいのかというとそうでもなくて、柔らかい木でも刃がどんどん摩耗してしまうものもあるし、表面に少しヒビが入るだけで深くまでどんどん割れていってしまう木もある。触れるだけで手が黒くなる木もあれば、伐採して紫外線に当てることで色が変わる木もあるんですよ」。
これまでに手がけてきた木工製品は数え切れないほど。「オブジェや家具はもちろん、マッサージ用のローラーや、インテリア用のアロマディフューザー。この前は帯留めをつくりましたよ」。
他にも、大きなものだと3mほどの電柱の型や、人気番組の舞台セット小物など、実にいろいろな要望に応え、作品を制作し続けてきたといいます。
「最初はつくっては失敗して、を繰り返して技術を学んでいきました。とはいえ、資材が限られているので、失敗ができない場面も多々あるわけで。一発勝負という製品もあるので、常に緊張感を持って制作をしています」。
今日はこれから、ナラの木を使って特注のテーブル脚を制作されるということで、その様子を見学させていただくことに。
職人の精神
電動の木工ろくろに木材を固定し、発注されたデザイン画を眺める渡辺さん。「基本的に、最終的な仕上がりイメージだけが送られてくるので、どう削ってこのカタチにするのか、削る順序や角度を考えて、道具を選びながら進めていくんです」。
線を入れる幅や厚みなどを軽く鉛筆で下書きすると、ノミを手に取り、一気に真剣な眼差しに。
さまざまな角度で刃先を当て、迷いなく削りあげていきます。頭上から降り注ぐのは木屑の雨。木材によって、木目によって、加える力の加減を変えていきます。そのバランスは長年培われてきた感覚のみが知るところ。
ろくろの回転数は1秒間に800回転ほどだそう。「とくに繊細な線など、細かい部分を削る瞬間は息を止めてやるんです。100m走を走るときみたいにね」。
あっという間にいくつもの優雅な線、曲線が誕生し、思わず感動してしまいます。電動ろくろは機械ですが同時に道具でもあって、それを手で巧みに使いこなしている、という印象を受けました。「他の人が見たら難しいことを、さも簡単そうにやってのけるのが職人なんだと思います」と渡辺さん。
ちなみに、削る作業の際に使い分けるノミの種類は実にさまざまで、どれも持ち手の部分は自分の手に馴染むように、とつくるのだそう。経年変化で柄が飴色になったノミもたくさん。
「柄をしっかりと握って、あとは込める力の量や角度ですべてが決まるので、ノミとの相性は大切です。自分がいちばんよく使うのは、この丸ノミ。これで今までたくさんの線を描いてきました」。
美しいフォルムができあがったあとは、サンドペーパーをかけ、表面をより綺麗に滑らかに仕上げていきます。たくさんの木屑が舞うため、最終的な「塗り」の作業は別の工房で行われるそうです。
わたしの宝もの
「今使っている木工ろくろも、作業台も、実はみんなでつくったんですよ」。“みんな”とは渡辺木工挽物所で働く職人たちのこと。現在、渡辺さんのもとでは20代の若い職人さんたちも活躍しています。他の職人の意見もしっかり聞いて、取り入れることで、さまざまな変化が起こったのだといいます。
「長年ずっとひとりでやってきたんですけれど、ひとりでやっていても、たかが知れているんですよね。若い人たちが来てくれるようになってから、工房の雰囲気、使いやすさ、仕事の進め方や受注できる量などすべてがよくなった。彼らはわたしの宝ものです。今までコツコツやってきて、続けてきて本当によかったな。今がいちばんいい」。
職人の世界で、他の職人を褒めることはなかなか難しいことのように思いますが、渡辺さんはさらりと「彼らはすごいんですよ」と、ひとりひとりの職人の高い技術力や、素晴らしい一面をおしえてくれました。「自分の背中を見て学んでほしいという気持ちはなく、なんでもわかることは一生懸命におしえてあげたい」のだといいます。若い職人さんたちの作業の様子もすこし見せていただきました。
こちらは、ドリルの付いた「ボール盤」と呼ばれる機械で、厚さのある木材に次々と穴を空けていく作業中。
工房には女性の職人さんも。穴の空いた木材を、「倣い旋盤(ならいせんばん)」と呼ばれる機械で、荒く削る粗挽き(あらびき)をしていきます。相当な木屑が飛ぶので、装置で屑を吸いながら作業。
最終的には、竹の集成材からこんなに素敵なマグカップ(販売:FUNFAM株式会社)になるんです。
一方こちらで行われていたのは、什器の制作。塗りの作業をする前の、最終工程「木仕上げ」です。平ノミで平面をいかに綺麗に平らにできるか、が技術の見せどころ。数十個の什器、そのすべてを手作業で同じフォルムに仕上げていきます。
みなさん黙々と、ときに話し合い、笑顔も飛び交いながら、制作をされていました。
目指す先には
木を挽いて、曲線を生み出していく木工挽物。ここで働く職人さんたちにもどこかほっこりとした丸みを思わせる、あたたかさを感じました。
「これからの職人は“歌って踊れる職人”じゃないと、と思うんです。こうして取材に来ていただいたら、自分たちのやっていることを理路整然と説明ができないとだめなんじゃないか、というのがわたしの考え方。そうして、技術も伝えていくべきだし、何よりも『たのしくつくろうよ』という気持ちでやっていますね」。
月末には職人みんなでお寿司を食べに行くのだそう。社員旅行も計画しているのだといいます。「クライアントさんがここに来たときに、なんだか明るくやっているな、また頼みたいな、って思ってもらえたらいいじゃないですか」。
「みんなでたのしく、まだまだ上達していきたい」と語る渡辺さん。「自分が特につくりたいものはないんだけれど、来た仕事はどんなに難しそうでも、挑戦してみたくなるんですよね。“こんなの絶対無理でしょう”というものほど、つくりたくなる。それは自分にとってもだけれど、みんなにとってもスキルアップにつながるからね」。
お客さまからの信頼、たくさんの実績は、確かな技術力はもちろんのこと、こうした渡辺さんの考え方によるところも大きいのだろうと感じました。職人同士で意見や想いを共有し合い、たのしくものづくりを続けることで生み出される製品は、人の手に渡ったときにもまた、他の製品とはちがうあたたかみが感じられるに違いありません。
次回の探訪もおたのしみに。
取材・文 / 西巻香織 撮影 / 真田英幸
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