今週の言葉
2017年7月、硝子アクセサリー作家として活躍されているトキシル・ハさんのアトリエに、お邪魔しました。
夏に向け、涼しげなガラス作品をご紹介したいと考え、取材を申し込んだことをおぼえています。
琥珀糖のように、美しく輝くガラスたち。
しかし、その制作の現場は、当然のことながら高温の中で行われる熱いものづくりです。見せていただいたのは「ガラスを800度に熱する窯」。なんと、学生時代に自作された装置なのだそうです。
トキシル・ハさんが「ガラス」に魅せられたのは、保育園に通っていたころだと言います。「小さいころから、ビー玉やおはじきが大好きで(中略)ガラスが埋め込まれた外壁のおうちがお気に入りで、よく見に行っていました」
「ガラス」の距離がさらに縮まったのは、工芸高校時代の「ガラス胎七宝」との出会い。その美しさに魅せられ、ガラスのことをもっと知りたいと勉強をはじめられたとのことです。
わたしがトキシル・ハさんの作品づくりに感じたのは、ご自身の興味や、“美しい”と感じる気持ちをとても大事にされている、ということです。
ガラスの破片を集めて重ね、新たな色をつくり出していく作業の中で、そのひとつひとつの判断に求められるものは何でしょう?
それは、「技術」にも繋がるこれまでのご経験や知識。そして、精神を研ぎ澄まして「まだ無いもの」に馳せる想いなのかもしれません。
ガラスを選び取る姿を拝見しながら、トキシル・ハさんは、自分が美しいと感じるもの、好きだと感じるもの、いまの気分…そういった感覚に導かれるようなものづくりをされているのだと感じました。
トキシル・ハさんは言います。
「自分の『好きなもの』『美しいと感じるもの』を、自分自身で知っておくことって、とても大切だと思っているんです。それが『こだわり』となって作品にあらわれていくと思うので。そのためには、自分と向き合うことと、新しいものに触れることが必要かもしれません。はじめての土地や旅行に出かけて、きれいなものを見たり、瞑想のように頭をからっぽにして眺めてみたり」
価値観や心を「磨く」ということの意味を漠然と理解しながらも、「こだわり」については、どこかこれまでの経験や考えてきたことの積み重ねで生まれるものだとばかり考えていたわたしは小さく驚き、「そうか」と気づかされました。
「こだわり」とは、これから新たにインプットするものによって、改めて強固なものにしたり、自然と手放したり。そうやって自分自身で整え、向かいたい場所への動力にするものなのだということを改めて知ったのです。
「時間がなくて、そういうことをさぼってしまうと、どこかで行き詰まっちゃうような気がしているんです」
「忙(しい)という字は、心を亡くす、と書く」というのは、聞き飽きたありきたりな言葉のようでいて、とても大切なことを教え、わたしたちに警告してくれています。
新しいものを見つめる、触れる、感じてみる。作業机から離れ、そうしてみるひとときは、心や体を休ませるだけでなく、次に向かうためにとても大切な時間なのだと教えていただきました。
ガラスを磨くのは、ダイアモンドの粒子だと言います。
美しいものに触れ、刺激されることで磨かれ、理想の輪郭が見えてくる。わたしたちの価値観もまたガラスのようだと感じました。
ガラス作家トキシル・ハさん「”ちいさな星”が生まれる工房」
ガラスで繊細な美しさを表現する、人気作家トキシル・ハさん。ガラスを800度に熱する窯をはじめ、美しい作品が生まれるその工程と作品に込められた想いについて、実際の工房で伺いました。
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来週の言葉もおたのしみに。
文 / 中前結花 イラスト / 絵と図 デザイン吉田
今週の作り手 / トキシル・ハ
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