夏のある暑い日。浅草駅を降りて、入谷方面に歩き続けること20分。
「すだれ」の文字が浮かぶ簾(すだれ)が目に飛び込んできました。ここが今回の取材先「田中製簾所(たなかせいれんじょ)」です。
「どうぞ」と迎えてくださったのは、この道30年超。5代目の田中耕太朗さん。
竹の素性を見る
簾は、室内の仕切りや日よけとしてなど、古くから人々の生活とともにありました。現代では装飾やインテリアとしても人気を集めています。ここ田中製簾所は、江戸時代から継承されてきた技術を元に、今なお職人が手づくりで簾を生み出し続けている老舗です。
「そこにある簾は、左端からハギ、ゴギョウ、ヨシ。材料となる木の種類によって色味や雰囲気がガラッと変わるでしょう。つくる工程も異なるんですよ」。
今回は、最も一般的に使用されているという竹を使った簾の製造工程を一部お見せいただくことに。
田中さんの簾づくりは、材料づくりからスタートするのだそう。「まずは『下ごしらえ』をします。送られてきた天然の竹を、のこぎりで必要な長さに切り、土や汚れを綺麗に洗います」。
次に行われるのは『竹割り』。つくる目的に合わせて竹の繊維に沿って割り、削ります。竹は繊維になっているため、細く切ったときに、すこしの曲がりがあるだけで繊維が切断されてもろくなったり、全体のバランスに影響が出てしまうそう。
「自分の手で竹を洗ったり、切ったりするうちに、竹の素性がなんとなく見えるんですよ。こいつは曲がっているとか、良さそうだなとか。大体の見当がつく。簾は材料がそのままかたちの一部になるので、良い材料を見抜くことも大切なんです」。
切った材料は『手取り』をします。「印をつけて割った竹を、バラバラにならないように束ねてから乾かすんです。ひとつの簾に、いろんな竹をバラバラに編むのではなく、1本の竹を順序を守って編むことで、竹の表面の絶妙なグラデーションを簾に活かすことができます。逆に、あえて色味をずらして柄のように見せることもありますよ」。職人の手仕事だからこそなせる技です。
四季とともに
実はおしえていただいた材料づくりは、冬に行う作業なのだそう。「手取りをした後の乾燥に時間をかけるため、湿度の低い冬に材料をつくっておき、夏は編むことがメインになります。そもそも竹は冬の間しか切り出さないんです。夏は水分をたくさん吸って栄養豊富な状態なので、それを割って使うと、水分を乾燥させている間に腐ってきてしまうんです」。
材料をしっかりと乾燥させたら、1本ずつ「編み」の作業に。“ケタ”と呼ばれる作業台に“投げ玉”と呼ばれる樫の木材を加工したものを糸でくくりつけけ、材料の太さやつくる製品に合わせて、重さを変えながら、まさに投げるようにして交差させ編んでいきます。
実際に編んでもらうと、カン、カン、と独特の小気味の良い音が鳴り響きました。「投げ玉にはいろんな種類があって、つくるものの大きさ、重さ、かたちにあわせて使い分けます。これは、90年くらい使っているんですが、面白いのは、なぜか新しいものよりこっちのほうが使いやすいんですよ。それと、一定のスピードでリズムよく編んでいくと均一に編めるんですが、手で重さをはかりながら編むとすごく難しくなる」。
編み終えたら端を切りそろえ、室内用の内掛簾の場合は縁(へり)をつけていきます。
竹を切る材料づくりから、繊細な針仕事まで。一貫してつくるのは江戸、東京で発達してきた簾を手がける職人の特徴でもあるのだそう。「材料が採れる地方では、同じものを一度にたくさんつくって、送り出す役割があったので、分業が発達してきた面があります。逆に東京は材料をいただいてから加工してつくるので、大量にはつくれない。そこで分業というよりは、小物簾をつくる職人、外掛簾をつくる職人、という風に専門分野に長けた職人が増えたんです。うちはなぜかそのすべてを、昔からつくらせていただいているんですけどね」。
どんな製品も材料から一貫してつくってきた田中製簾所。現在、江戸簾の東京都伝統工芸士は耕太郎さんと、父・義弘さんのお二方のみです。「お客さんの要望に応えながらつくり続けるうちに、技術力をあげ、つくれるもののバリエーションも広がってきたんでしょうね」。
麗しの夏障子
2階は、そんなさまざまな製品がディスプレイされたショールームになっているということで、お邪魔させていただくことに。階段を上がりきると圧巻の風景が広がっていました。
「これは萩の簾が入った戸だから萩戸(はぎど)、簾戸(すだれど)と言ったり、夏障子(なつしょうじ)と言ったりしますね。すこし薄暗いくらいだと味わいが出て素敵なんです。ここに風が吹けば、最高でしょう」。簾を編む作業だけで費やされる時間は1週間ほどかかるそうです。
夏障子を開けると、生活シーンがイメージできる和室があり、そのところどころに簾の製品がありました。
「今は、特に若い世代の人には、こうして実際に飾ってみてどう使うのかを見せて提案するようにしていますね」。
自然の素材でつくられたものだからか、和室に限らず、どんな空間にもすっと馴染むところも簾の魅力だと言います。一点取り入れるだけでさり気なく上質な雰囲気を演出してくれる簾製品。長い歴史の中で愛され続けてきたというのも納得です。
ちゃんとしたものを
簾を一貫してつくり続けている田中さんですが、その工程の中で「好きな作業や、たのしいと思う瞬間は無い」のだと言います。
「自分の中で簾づくりは、“たのしい”という感覚とはすこし違うんですよ。結局は同じ単純作業なんだけれど、たとえば今のひとつの編み方をとってみても、次の編み方がさらに良くなっていた方がいいでしょう。そう考えながら進めていくと、つまらなくはないわけで。みなさんが面倒だからとやらなくなったことを、わたしは面倒でも端折らない。そうやって、ちゃんとしたものをちゃんとつくるだけなんです」。
真摯にものづくりに励む田中さんの元には「ガラスの簾をつくってほしい」「ステンレスのワイヤーで編んでほしい」など、一風変わったオーダーが舞い込むことも。
「新しいことに挑戦する上では、まず需要があることと、それに応える気持ちがあるかが大切。伝統的な技術を持って挑戦するのだから、ただ目新しいだけのものや、今風に簡略化したものなんかをつくっていたらダメになってしまうと思うんです」。
田中さんは伝統工芸の展示やイベント、ワークショップにも度々参加をされています。「直接、簾を目にしていただいて知っていただくことはもちろんですが、その場で『こういうものはできませんか?』と声をかけてもらえる機会がほしいんです。『こんなのあったらいいな』という要望に応えてつくらせていただくことで、繋がりも技術も蓄積されていく。そうやって今後も簾をつくり続けていけたらいいですね」。
淡々と技術を磨きあげ、需要に応え続けていく。ものづくりで食べていく職人さんのシンプルかつ熱い心意気を感じました。田中さんの手でつくられたこだわりの簾は、手入れをすれば10年はたのしむことができるそうです。ぜひこの夏、日々の暮らしの中に江戸簾を取り入れてみてはいかがでしょうか。
次回の探訪もおたのしみに。
取材・文 / 西巻香織 撮影 / 真田英幸
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