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【連載エッセイ】ちょっと、好きな色。「レッド」

花や洋服、書店に並ぶ本の背表紙たち、おいしそうな洋菓子…、カラフルなものを目にすると心が踊り、わたしは「色辞典」を開きます。「この色は、どんな言葉で説明されているのかしら」と確かめてみる、それがわたしのお気に入りの遊びです。そんな、色に恋するわたしの、ちょっと好きな色を毎月ご紹介する連載エッセイ。5回目の今回は「レッド」です。

【連載エッセイ】ちょっと、好きな色。:毎月、ひとつの「色」を選んで「ちょっとしたお話」と一緒にお届けするエッセイです。

執筆:中前結花  イラスト:佐藤香苗

   

今月の色は「赤色(レッド)」


そもそも「レッド(赤色)」とは。

赤。それは、エネルギーに満ちた「正義」や「力」を思わせる色です。

ひときわ目立つ存在感と、圧倒的なメジャー感。

日曜日の早朝に悪と戦う戦隊ヒーローを思い浮かべてみても、赤色のコスチュームは、熱さと揺るぎない「主役(センター)」の証であり、男の子たちを熱狂させる“素敵な決め台詞”はいつだって、赤色の彼の口から放たれるのでした。

【レッド(赤色)】
暖色の代表で、興奮色および進出色であり、訴求力を持つ目立つ色。「陽」「熱量」「力」「戦闘」「革命」「血」「愛」 <中略> などの意味を持ち、あらゆる色の中で最も象徴的な意義が広い。

(「色の辞典」/ 雷鳥社 より)


「戦闘」「革命」「愛」…なんだかどれも気高くて、ちょっぴり照れ臭いのが赤色です。

そんなイメージから、わたしにはすこし距離のある色だとばかり思っていましたが、つい先日のこと、たったひとつの例外に気づいたのです。

今回はそんな例外のヒーローからはじまる、ちょっぴり奇妙なお話です。

赤いヒーロー


真ん中で腕組みをする赤レンジャーのようなヒーローは、どうも苦手。

ところが、よくよく考えてみると、わたしのいちばん好きなヒーローもまた、赤色に輝く金属製のスーツに身を包んで、格闘を繰り返していることに先日気づきました。

 
名前は「アイアンマン」。

アメコミのキャラクターで、映画「アベンジャーズ」にも登場する、いわゆる「ポスターで、よくセンターになる」タイプのヒーローです。

 
ー なぜ、アイアンマンは特別なんだろう
 
映画館の帰り道にひとり、そんなことを考えていました。

そして、そのヒントは、「隙」や「欠落」にあるように感じはじめます。

 
彼は、決して「清廉な優等生」ではありませんでした。皮肉屋で強情、それでいて繊細なヒーロー像。

「合理的」という仮面の下で、情の深さや情熱は「人に見せびらかすものではない」と考えています。

 
自信に満ちた表情の裏で、本当に守るべきものを想い、いつも「本当にこれでいいのか」と自問しながら迷っている。

だから、彼の正義にはいつも理屈が備わっていました。

それでも仲間と仲違いもすれば、さらに悪態をついて事態を悪化させてみたりと、ヒーローでありながらとても人間らしいのです。

彼は「欠点」もきちんと備わっている人でした。

わたしは、そこがたまらなく好きだったのです。

 
いよいよフィナーレを迎えた「アベンジャーズ」。

劣勢から最後の最後まで戦い抜くヒーローの姿に、たくさんの拍手を送り続けました。

そして映画館のレイトショーで何度目かの鑑賞を終えたその夜、熱い気持ちを抱えたまま帰宅したわが家で、ちょっとした事件が起きました。

赤い敵

帰宅すると、そのままソファの上で仰向けになり、わたしは軽く目を閉じました。

まぶたの裏に浮かび上がるのは、ついさっき目の当たりにしたヒーローたちの格闘です。

 
「ああ、素晴らしかった…」
 
余韻の中、そっと開いたわたしの目に突然飛び込んできたのは、未だかつて見たことのない物体でした。

 
赤くて丸いカタマリです。

 
「あれは…?」

天井にぴたりと吸い付いているような、その赤い丸。

よく目を凝らすと、500円玉ほどのサイズのボディに、うやうやと6本ほどの足がついています。

 
「ひいいいいい!!!!」
 
思わず悲鳴を上げてわたしがソファから飛び降りると、途端に彼はゆっくりと前進しはじめたのです。

 
見たことのない虫との遭遇。

テントウムシをそのまま巨大にしたような姿でした。

 
しかし、わたしが知りたいのは、その種類や名前ではなく、彼に応戦する術です。

この部屋で虫を見ること自体がはじめてのことで、なにかを吹き付けて仕留めようにも殺虫剤の用意はありませんでした。

「シューーッ!」

 
ソファーの上に立ち上がり、彼に向かって吹き付けてみても、ほのかにいい香りが広がるばかり。

 
「やっぱり、“ケープ”ではあかんのか…」

 
ヘアスプレーやデオドラントスプレーをひと通り振り撒いたあとは、頭を抱えて途方に暮れます。

 
幼いころから、昆虫の類はなによりも苦手でした。

理科や生物の教科書に並ぶ昆虫の写真でさえ、ページごと折りたたんで見ないようにしていたほどです。

しかし、このままでは眠れそうにもありません。

巨大なテントウムシが頭上の天井を、右や左にうろついているのです。

 
何度もため息をつきながらも、頭の中に思い返していたのは、あのアイアンマンの姿でした。

どんな劣勢にあっても、そうです、戦わねばなりません。

 
「…熱か…!」
 
諦めないことの重要性を再認識したばかりのわたしは、延長コードを探しはじめました。

なるべく長いものが必要です。

 
「あった…!」
 
コンセントに延長コードを刺し、その先にドライヤーを繋ぐと、さながら銃口を向けるように、天井に向け「Hot」を噴射させました。

 
「ヴォーーーッ」

 
イオンとともに、温風がじんわりと広がります。赤い丸は、ゆっくりと数歩だけ左に歩きました。

こういう場合、次に必要とされるのは「機転」です。

 
軽く身をよじり反動をつけながら、今度は「Cool」の風を吹きつけてみます。

しかし、微かに冷たい風が空中を漂うだけで、次はピクリとも動きません。

 
輪ゴムを使い、「弓矢」の要領でマッサージ用のボールを天井に向けて飛ばしもしました。

的中した虫を手元で受け止めるため、洒落たアルミバケツの蓋を「盾」のようにかざすことも忘れませんでした。

様相は、さながらアベンジャーズです。

結果こそ奮いませんが、手数とバリエーションは本物を凌ぐ勢いで、知恵を絞り続けること2時間半。

 
こういうとき、アベンジャーズならばどうするでしょうか。

そう、物語のクライマックスはいつも「総力戦」です。

戦う仲間

「もしもし、今からお越しいただくことって可能なものでしょうか」

「どのようなご用件でしょうか」

「虫が…いるんです」

「ゴキブリで?」

「赤くて、まん丸いんです」

「ゴキブリではありませんね」

「天井をゆっくり歩いてます」

「ゴキブリではありませんね」

 
30分後、いわゆる「便利屋さん」という職業のプロフェッショナルが車を走らせ、たくさんの殺虫剤を抱えて、自宅まで来てくれました。

時間は夜中の3:00。なんとありがたいことでしょう。

「早めに仕留めましょう!」

頼もしいばかりです。

「失礼します!」

「どうぞどうぞ」

ドアを閉めながら心の中でつぶやきます。

「君もアベンジャーズだ」と。

 
しかし。

「あれは……、虫ですか?なんだあれ…」

はじめて見る形に、お兄さんも戸惑っているようでした。

「とりあえず…」

と、細くて長いノズルの先を向け、薬を何度も噴射してくれます。

歩みは遅いくせに、要領はいいのか、さっと身を交わしてしまう丸いボディが憎いばかりです。

何度となくそれを繰り返しますが、一向にダメージを感じている様子はありません。

そしてようやく気づきます。

しまった、「総力戦」だった。

 
「なにか、お手伝いすることはありますか?」

「いや…特にありません」

 
断られてしまいました。

やることのないわたしは手持ち無沙汰なので、アルミのバケツの蓋だけを持って、殺虫剤で戦うお兄さんの隣で、じっとりと憎い虫を睨んでいました。

突然の終幕

空が明るくなりはじめたころ、事態は急転します。

 
これまでのろりのろりと動くばかりだった赤い彼が、ほんのすこしだけスピードを持って移動し、カーテンの裏に隠れてしまったのです。

そして、

 
「え…?」

 
お兄さんがカーテンを翻すと、そこに姿はありません。

 
「あれ…?どこに行きました?」

「…いや、いないですね」

「カーテンにくっついている…?」

「いや、いないですね」

「え…??」

 
赤い虫は、忽然と消えていなくなりました。

言うまでもなく、何度もカーテンを翻し、家具も一通り移動させましたが、ついに見つけることはできませんでした。
 
「悔しいですね…」

すっかり明るくなった明け方、お兄さんはそう言いながら帰って行きました。

戦いの末、勝利はどちらに転ぶこともなく、相手は忽然と消えてしまったのです。

それでもその背中は戦いを終えたヒーローそのもので、わたしはヒーローを乗せた車が去っていくのを、いつまでもぼんやりと眺めていました。

赤い正体

明け方までそんなことをしていたせいで、翌日は仕事になりませんでした。

気を抜くと大きなあくびが、ひとつ、またひとつ、と止まりません。

「これはいかん」

観念して、早めに帰宅することに。

 
駅からぼんやりと歩いていると、携帯電話に着信がありました。

「お父さん…?」

奈良に住む父からの電話でした。

 
「もしもし?」

「もしもし、あのなあ。元気か?」

「うん、そこそこ。どないしたん?」

「いや、あのなあ。大したあれでもないけど」

 
電話の父は、いつもこんな調子です。

 
「なに?」

「なんてこともないけどな」

「用事があるんでしょう?」

「まあ、なんと言うか。まあ、仕事ばっかりして、忘れとんのやろうけど…」

 
はっ、として電話を耳から外して日付を確認します。

しまった…

「ごめん!昨日、誕生日か。これから送るから」

「いや別に“モノ”は送らんでええけど…」

「え?なんで?なんか欲しいものないの?」

「まあ、なんでも…その、“赤い”もんやったら」

「赤…?」

「まあ、送ってほしいのとちゃうねん」

「…?」

「“還暦おめでとう”って言うてもらえたら」

「はっ!!!」

 
虫の知らせ、とはよく言ったものですが、あんなおかしな形の虫を遣いに出すだなんて。

「落語じゃないんだから」と虫に化かされたような想いです。

そして、ヒーローさながらの格闘など知る由もありませんが、

「ところで、アベンジャーズはもう見たんか?」

と尋ねる父は、やっぱりただ者ではないと思い知ったのでした。

レッドのアイテムをひとつ


weekendstitchさんの「赤べこ刺繍の印鑑ケース」

せっかくなので、気になる赤色モチーフのアイテムを1作品選んでみました。実はこの印鑑ケース、後に、父に誕生日プレゼントのひとつとして贈ったものです。「おお、赤べこや」「朱肉がついて、こりゃええな」とずいぶん喜んでもらうことができました。手刺繍のあたたかみと一緒に届いたと思います。
作品を見る
 
   
来月は、どんな色にしましょう。どうぞ、おたのしみに。

佐藤香苗
https://minne.com/@kanaes

第5回は、ちょっと不思議なお話になってしまったので、挿絵はインパクトやユニークさを、愛らしいタッチで描かれるイラストレーター・佐藤香苗さんにお願いしました。もともと佐藤さんのファンで、自宅の壁にイラストを貼らせていただいていたので、今回書き下ろしていただいたイラストがうれしくてうれしくて。ずいぶん執筆に時間をいただいてしまい申し訳ありませんでした、本当にありがとうございました!(中前結花)
佐藤香苗さんにとって「レッド(赤色)」とは、「問答無用に強く明快で、鮮やか!一番メジャーな色!という印象です。改めて意識するとなんだか持て余してしまいますが、ここぞという時だけでなく、日々の何でもない場面でも、無意識のうちにエネルギーをもらっている気がする色ですね」とのこと。

【連載エッセイ】ちょっと、好きな色。
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