インタビュー

ものづくり探訪「違いにこだわり続ける。オーダーメイドのバイオリン」

日本には、誇るべき文化や芸術と、それにともなうたくさんの「技術」があります。逸品が生まれる、ものづくりの現場を訪れ、制作の背景やつくり手の想いに迫る「ものづくり探訪」。今回向かった先は、選び抜いたこだわりの材料でオーダーメイドのバイオリンを仕立てあげる「大樹バイオリン工房」です。

「バイオリン職人になる」

厳しい残暑が続く中、わたしたちが向かったのは、聖蹟桜ヶ丘駅から徒歩15分のところにある「大樹バイオリン工房」です。

「こんにちは、お待ちしていました」と迎えてくれたのは、バイオリン職人の藤井大樹さん。

打ちっ放しのモダンな建物の中に一歩足を踏み入れると、ふんわりと木の香りがただよいます。ふと天井を見上げると、美しく艶やかなバイオリンがずらり。

大樹さんはイタリアのクレモナで8年間の修行を経て、2017年にこの工房をオープン。「4歳の頃からバイオリンを習い始め、中学校の卒業文集で“将来はバイオリン職人になる”となぜか宣言してしまったんですよ。後には引けなくなり、高校に入ると同時にバイオリンの制作を学び始めたら、そのおもしろさにハマってしまって」。

これまでに、修理も含めて手がけてきたバイオリンは100以上。「どこをどうつくるとより良くなるのか、という意味でいまだにわたしにも未知の部分が多く、そもそも正解すらない。自分にとってバイオリンは、つくるたびに、勉強するほどに興味が惹かれる楽器です」。

「バイオリンは言わば、木の箱なんです」と語る大樹さん。簡単に説明をすると、木を薄く切り、貼り合わせて箱状にしたものがバイオリンの本体になるのだそう。

イメージできるような、できないような…。いったいどんな過程を経るのでしょう。普段なかなか目にする機会のない「バイオリンの制作の様子」を、すこしずつかいつまんで見せていただくことに。


厳選し続けること

大樹さんがまず手にしたのは、大きな洋書の図鑑や資料たち。「無数にあるバイオリンの型の中から、つくる型を選びます。ストラディバリウスなど、バイオリンには三大製作家と呼ばれる逸材たちがいるんです。その人たちが生きた時代のモデルを元にすることが多いですね」。

モデルを決めたら、資料をもとに型を起こし、内枠を切り出すところから制作が始まります。

モデルや型を決めるときは、見た目の好みやこれまでの制作経験から選び決めたり、写真や資料を参考に型をいちからつくることもあるそう。

切り出したプレートを元に、木材を切っていきます。使用する木材は、より良いものを厳選するために生息現地へ足を運び、買い付けから行うというこだわりっぷり。「音を重視する表板にはスプルースの木を、美しさを重視するネック、裏板、横板にはメープルの木を使います。伐採し、乾燥のため5年以上寝かせたものが理想的」。

切り出した板を接着するために使うのはニカワ材です。ニカワとは、どうぶつの骨や皮を煮詰めてつくる接着剤のこと。「数あるニカワの中から、その都度作業に合うものを選びます。使う場所に合わせて強度や弾力をみて、溶かす分量や加える熱量を変えるんですよ」。

数百年前のバイオリンが現在もなお、引き継がれ活躍しているのは、熱で綺麗にはがしてメンテナンスを繰り返すことができるニカワを使っているからこそだといいます。「永く愛用してもらうためにも、ひとつひとつの素材選びは重要です」。

「特に、仕上げに使うニスのレシピはかなりの研究を重ねましたね。琥珀や松ヤニなどの原材料を使い、煮詰める温度、時間、他成分との配合など何度も試作をし、試行錯誤の末、完成しました」。

「バイオリンをつくるたびに、自分の中での“最高傑作”が生まれるよう、新しいチャレンジやアイデアの組み合わせなど、実験と研究をとことん重ねますし、使う素材は常に厳選し続けています」。

このあと、こうして選び抜かれた材料を活かすための技術力にも圧倒されることに。


0.1mmの世界

“ほんの些細な差”が音に大きな影響を与えるというバイオリンづくり。手で削る作業も実に繊細で、0.1mm単位のずれも許されません。

当然、道具選びもまた慎重に。作業台の前にずらりと並ぶ道具たちのほとんどは、自分で仕立て直したもの。「丸ノミ、豆鉋(まめかんな)、スクレーパー、とさまざまな刃物を駆使して削り整えていきますが、バイオリンは曲線が多く、表面も実はゆるやかなアーチを描いていたりするので、集中の連続。自分の手に合うように、使いやすさや握りやすさにこだわり、道具も自分に合うように調整を繰り返します」。

ちなみにスクレーパーとは鋼の板からつくられた刃物。紙やすりの代わりに仕上げとして使います。「あえて木材の木目を際立たせるように削ることで味わいが増すんです」と大樹さん。

小さな豆鉋はイタリアの「モンドムジカ」と呼ばれるバイオリンの見本市で出会った道具。10年以上使い続ける愛用品。

バイオリンを縁どるように表面に入った「パーフリング」と呼ばれる線もまた、丁寧な手仕事だからこそ成せる技が詰まっています。実はこの線、削って細いラインをつくり、そこに別の木材を埋め込んでできているのだとか。装飾でもあり、落下などで万が一にできる欠けや割れを内部に広げないようにするための工夫でもあるのだそうです。

「バイオリンって、誕生した当初からずっと基本の形を変えずに残っているんです。それはすでに究極の完成形だったからだといわれています。見た目も音も、最上級の美しさを求めた結果、行き着いた形。これ以上シンプルにはできないし、これ以上に何かを足す必要もない。けれど、作り手、使い手によって音は全く異なる。本当におもしろい楽器です」。

ちなみに渦巻きの部分は完全なる装飾品。「ここは自由にアレンジを効かせることができるので、どうぶつや人の顔を掘ったりする方もいますね。わたしは、制作するモデルによって、あえていびつにしたり、アシンメトリーにして味を出すことも多いです」。

厚みやフォルムを削り整えられた各パーツを組み立てて色をつけ、さきほどのオリジナルレシピのニスを塗り、長時間をかけて乾かすことで、グッとシックな姿に。

こちらはバイオリン制作の中でももっとも集中力が問われる作業のひとつ「魂柱(こんちゅう)」を立てる作業シーン。魂柱とは“魂の柱”という名の通り、バイオリンの命ともいえる「音」を左右する重要なパーツ。このわずか直径6mmの小さな木柱を、狭いf字孔の間からそっと内部へ滑り込ませ、板と板の間に隙間なく垂直に1本立たせます。

立てる位置もまた、0.1mmのずれで音に変化が生まれてしまうとあり、その緊張感はこちらにもひしひしと伝わってきました。接着剤を使わず、寸分の狂いもなく、板と板の間に納めます。見たこともないシルバーの小さな道具たちを、真剣な眼差しで巧みに操る様は、解剖や手術中さながら。

弓の毛も1本1本、美しいものを選定して使用します。使うのは馬の尻尾の毛。

ようやく完成したバイオリンを手に取ると、横で作業されていたチェロ職人の奥さまに声をかけます。ご夫婦ともに演奏者であり、職人であるがゆえ、完成作品の音色はお互いに聴き合い、アドバイスをし合うのだそう。


音で魅せる

いざ、試し弾き。工房いっぱいに広がるバイオリンの美しい音色に、わたしたち取材陣はうっとりしてしまいましたが、奥さまからは「音がすこし重いかな」と注意が。夫婦だからこその本音のアドバイスをもとに調整し、試し弾きをし…を延々と繰り返してようやく仕上がります。

「ひとつのバイオリンができ上がるのに、最低でも3ヶ月は必要です。そこから演奏家の手に届き、実際に何度も弾いてもらい、経年変化とともにその方の演奏に馴染んでいくことでようやく完成にいたるのだと思いますね」。

大樹さんがいちから手がけるバイオリンはそのほとんどがオーダーメイド品。「弾く人によって、同じバイオリンでも本当に音色が変わる。音に人が出る、というのかな。オーダーメイドでつくるからには、その人の求める音が引き出せるよう、コミュニケーションをしっかりとって、技術で形にしていくことを心がけています」。

工房にはこんなに小さなバイオリンも。「2〜3歳の子どものためにつくられたもので、通常の1/16サイズです。おもちゃのようですが、しっかりと音が鳴りますよ」。手に持つと、あまりの軽さにおどろいてしまいました。

いま、大樹さんが得意とし手がけているバイオリンは「アンティーク仕上げ」と呼ばれる、昔ながらの風合いを持たせた作品。あえて傷やニスの掠れ、磨耗した木の質感がデザインされています。

「アンティーク仕上げは、美しく仕上げる以上に手間もセンスもかかる分、つくりがいがありますし、個性が出ます。制作自体が新鮮で、もう、たのしくて。ぜひ手にとって、ほかのバイオリンとの違いを見ていただけたらうれしいです」。

時代を超えて、人々を魅了し続ける麗しい楽器・バイオリン。その美しいフォルムと音色は、職人の研究力、技術力の賜物でした。

大樹バイオリン工房では、オーダーメイドのほか、修理、調整、販売、レンタルなど、バイオリンにまつわるさまざまな悩みに応えてくれます。ぜひ訪れてみてはいかがでしょうか。

次回の探訪もおたのしみに。

大樹バイオリン工房
住所:多摩市和田 1920-5 アトリエ圭204
電話:080-5080-3851
営業時間:10:00~20:00
定休日:火曜日
完全予約制
URL:https://www.okiviolinworkshop.com/

取材・文 / 西巻香織   撮影 / 真田英幸

【連載】ものづくり探訪
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