【連載】つくるしごと:ものづくりを手がけるプロフェッショナルに、そのお仕事との向き合い方について、お話をうかがいます。
今回わたしたちは、雅楽師・東儀秀樹さんの元を訪れてきました。奈良時代から今日まで約1,300年にわたり「雅楽」を世襲してきた楽家に生まれ育ち、宮内庁楽部では宮中儀式や皇居の雅楽演奏会、海外公演など、わたしたちには計り知れない伝統的な場でさまざまな活動をされてきた東儀さん。一方でロックやジャズなど、ジャンルの幅を超えた楽曲創作でも注目を集める東儀さんに、貴重なお話と「つくる」極意をうかがってきました。
ひとの所業
取材にあたり通していただいたのは、東儀さんのご自宅にある一室。心地いい自然光が差し込む、白をベースとした空間のあちらこちらに、味わいたっぷりのアート作品が飾られていました。
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こちらのお部屋は、アトリエ?ギャラリーでしょうか。
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東儀さん
ミーティングルームですが、最近は趣味の部屋、作業場として使うことも多くなりましたね。はじめてここに来る方は「ここは何のスペースなの?」と驚かれます(笑)。
趣味の部屋、作業場といいますと?
東儀さん
音楽もそうなんですけど、ぼくはなんでも「つくる」ことが好きなんですよ。無いものは「買う」ではなくて「つくる」。とくに興味のあるものは無性につくってみたくなる。
見たことのないような、本格的な道具もたくさんありますね。
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東儀さん
この前は、はじめて自分でギターをつくってみたんですよ。つくり方は知らないけれど、ギターは好きだし、数もたくさん見ているから「きっとこうだろうな」という勘を頼りにして。これはそのときに買ったものたちですね。
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本格的な道具や工具を駆使して、この部屋でひとりもくもくと「ものづくり」に没頭する時間が大好きだという東儀さん。古典音楽を扱う由緒正しい「雅楽師」としてのイメージとは、また違った一面です。
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仕事の合間を縫い、およそ2ヶ月を費やして完成した初の自力・自作のギターは、ビジュアルやフォルムだけでなく、音にまでこだわったという力作。「はじめてつくったにしては上出来でしょう。でも次はもっと精密なものをつくりたくなってしまって、今は2台目を製作中です」。
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ヘッドにつけられた「Togi」のネーム部分は白蝶貝をカットして製作。
音楽を創作されるだけでなく、楽器までつくってしまうとは驚きです。
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東儀さん
自分がすこし器用という自負はあるけれど(笑)、なんだって「ひと」がつくっているものでしょう。宇宙人がつくっているものは自分にはつくれないかもしれないけれど、所詮、ひとがつくっているならば、自分にもできるんじゃないかな、って。職人さんだって、人間ですから。同じものは難しいかもしれないけれど、近づくことはできるはず、ってね。
同じ「ひと」。いわれてみればそうかもしれませんが…。
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東儀さん
ちゃんと雅楽師としてこれも出しておこう。高校卒業と同時に入った宮内庁時代に、先生の目を盗んで、楽器の練習室で練習をしないでコツコツとつくった篳篥とケースです。普通は職人さんがつくるものだけれど、自分で竹と藤で巻いて、漆を塗って。ケースには貝の粉を筋のように散らして。先生の足音が聞こえたら、作業中の一式を一発で隠せる布もつくって(笑)。
凄すぎます…!(笑)なんでもつくれてしまいますね。
東儀さん
そう。ひとって、つくろうと思えば、なんでもつくれるんです。
きっかけは「子ども」
「つくる」ことは昔からお好きなんですか。
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東儀さん
子どものころから、守りに入ることがあまり好きではなくて、「サプライズ」が好きだったり、なんでもたのしみたいと思うタイプだったことが、つくることにつながっているのかもしれません。中でも息子が生まれたことで、つくるもの、技法の幅はかなり広がりました。
お子さんのための「ものづくり」でしょうか。
東儀さん
そうですね。「息子との思い出になるかな」とつくってみたのがフェルティングのバッグでした。ノウハウがなかったので、羊毛を針で押し付けてなんとかモチーフをつくって、バッグも型紙なんかはなくて、いきなり採寸して切ってつくりました(笑)。
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モチーフは息子さんが大好きなスポーツカー一択だったといいます。完成したバッグをはじめて息子さんに見せたときの、とびきりの笑顔がまた次の作品づくりへのきっかけにつながり、その繰り返し、繰り返しでさまざまな作品づくりにチャレンジすることに。
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バッグに続いてつくられたのがマフラー、手袋、帽子。初心者とは思えないクオリティです。それぞれに異なるカラーのスポーツカーがあしらわれ、ポンポンのアクセントも効いていておしゃれ。
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ハロウィン用の「モスラ」の着ぐるみは、蛾のような毛羽立った素材を見つけるところからスタート。後ろから見ると鱗粉がついているという隠れたこだわりが。
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昭和の文化が好きという渋好みの息子さんの要望でつくった「ブースカ」の着ぐるみ。市販のパーカーをリメイクして制作されたそう。
東儀さん
彼はこういうのが好きだよね、と分かっているからこそ、売っている中から妥協して探すよりも、ぴったりくるものをつくるほうが、あげるほうも使うほうも幸せですよね。なんていうのかな、作り手のよろこびと、受け取り手のよろこびが一致している幸せ、です。
息子さんの作品もたくさん飾られていますね。
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手にさまざまな楽器を持つ、独創的な阿修羅像。
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東儀さんの影響もあり、スポーツカーはマニアの域に。「この絵は誕生日プレゼントとしてもらったもの。子どもならではの大胆な特徴の捉え方が最高なんですよ」と東儀さん。
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東儀さん
どれも素敵でしょう。そのモビールは、幼稚園のときに彼がつくった宇宙を、僕なりにアレンジしたもの。土星の輪っかは星が集まってできているんだという知識を持ったから、輪っかに星が描いてあったり、地球の横には月がくっついているとか。よく見るとちゃんと理にかなっていたりしてね。ぼくも息子もつくることが大好きで、さらに僕は作品を捨てないので、そろそろ大倉庫が必要ですね。
この部屋の入り口にあった像もとても大きかったです。
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東儀さん
ああ、これは息子が小学校6年生の夏休みにつくった「雅楽観音」です。車に乗らなくて、台車に乗せて学校まで運びました。手を叩いてみてください。
パンッ(自分の両手を叩く)。わ!動きました!!
東儀さん
音に反応して動く人形を分解して、その機械を中に組み入れてつくったようです(笑)。
父親譲りといわんばかりに、息子さんも「つくる」ことをたのしんでいますね。
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東儀さん
彼は観音様のかたちに切り落としたときに出た余りを、髪の毛として使っているんですが、そういう「見方」を変える力がつけられたというのは素晴らしいことだなと感じます。つくることでまず、創造性が鍛えられますよね。それから、つくる過程で視点を変えてみたり、手法を変えることで、その先に見えてくる世界はいくらでも変わってくるんですよ。
作品ギャラリー
これまでに、数えきれないほどたくさんの作品を制作してきたという東儀さん。その中から「見方を変えて制作された」作品の一部を見せていただきました。
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「子どものためにペットボトルでつくった車や飛行機です。すごく頑丈なんですよ。色がはげないように、彩色は内側から。シートもペットボトルの一部分の角を使ってつくっています。『ドーナツってタイヤみたいだね』という子どものひと言がおもしろくて、ドーナツ型の入浴剤をタイヤやハンドルにしたところがこだわりです」。
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「これはかなり簡単なものだけれど。子どもと一緒につくれる手軽さがポイントの、ペットボトルの蓋でつくったカニとてんとう虫。手や足のかたちを変えたり、伸ばしたりして遊べます。うしろの虫はゼリー飲料の飲み口を利用しました」。
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「琵琶の箸置き、ギターのカトラリーレストは速乾粘土でつくったもの。どちらもこのくらいのサイズにすると、テーブルウェアにちょうどいいなと思って」。
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「陶芸でつくった車、と見せかけた香炉とオカリナです」。
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「オカリナはちゃんと音が鳴るんですよ」とその場で吹いてくださいました。
普段目にしているものを元に、すこし視点を変えるだけで、あたらしいものが生まれる、というのはおもしろいですね。
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東儀さん
見方を変えるだけで発見がある、ということは人生にも共通すること。みんなが同じ方向でしか見ていないことを、ひとりちょっとだけ角度をずらしただけで、ちがう道が見えてくるんですよね。そこを突き詰めることで個性になることもある。
できないはずがない
東儀さんは楽曲制作において、ジャンルを超えたコラボレーションやアレンジなど、常にあたらしいことをされています。「視点を変えてみる」という思想は東儀さんの音楽づくりにも当てはまりますね。
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東儀さん
そうかもしれません。ひとと違うことを恐れずに、やってみたいなと思ったことは、とりあえずやってみればいいのに、やろうとしない世の中ですよね。最初から「無理に決まっている」というひとは、そこからひとつも動けないんだけれど、いかにもったいないことか。「自分にはできない」ではなくて「自分にはできないはずがない」んですよ。
「できないはずがない」。勇気をもらえることばですね。
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東儀さん
伝統といわれる雅楽とポップスやクラシックなどとのコラボレーションをしたときも「できない」とはまったく思わなかったですね。雅楽というと格式高い、堅苦しいイメージがあるでしょうけれど、それは実際あるんですけれど(笑)、音楽に崇高も邪道もないですから。ひとがたのしむ、ひとのたのしみになれるのが音楽の基本でしょう。
東儀さんにとっての「音楽づくり」は「ものづくり」と同じ感覚ですか。
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東儀さん
「つくる過程がたのしい」という点では似ているけれど、違うものですね。ものづくりは、途中で偶然に生まれた考えや方向性も活かそう、と流動的なんだけれど、音楽はもう自分の中でイメージがはっきりとあるんです。そこを正確に具現したいから、全部を自分ひとりでやる。
全部を、ですか。
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2019年8月にリリースされた最新アルバム「ヒチリキ・ラプソディ」では、古典からロック、バラードまで。さまざまなジャンルの楽曲、全12曲を収録。
東儀さん
そうです。音楽に関しては、アレンジも篳篥の演奏もドラムやベース、ギターなどの伴奏も、録音自体も、すべてを東儀秀樹がやっている、というところは、おもしろがってもらいたいところですね。完成形がすでに頭の中にある状態で演奏をして、「もう一度演奏したらもっといい音になるかもしれない」「次はさらに超えるかも」と、どんどん向上心が生まれることが、自分の精神衛生上にはよくて。だからこそ味わえる「これは最高だ」と自分が思えるところで、「ジ・エンド」といえる幸せはものすごいです。
「音楽づくり」と「ものづくり」。それぞれに違った快感、達成感をもってたのしまれているんですね。今後、つくってみたいものはありますか。
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東儀さん
篳篥を入れる蒔絵のケース、菅箱を本格的につくってみたいですね。貴族が持つものだから、現存しているものは綺麗な美術品ばかりだけれど、あれだってひとがつくったものなんだから、ぼくにもできるんだと思い込んで。漆、貝を散らして、金粉もはたいたりして。前につくったものよりも、いいものをつくります。
ものづくりの根本に持つ考え方や、ひとの可能性を信じる姿勢など、たびたびハッとさせられる、刺激的な取材でした。紹介しきれないほどにたくさんの作品たちはどれも、つくるよろこびに満ち溢れていました。今回は「ものづくり」をメインにご紹介しましたが、東儀さんが生みだす、こだわりのつまった音楽もぜひ深く味わってみてください。
東儀秀樹(とうぎひでき)
1959年生まれ。幼少期を海外で過ごし、ロック、クラッシック、ジャズ等あらゆるジャンルの音楽を吸収し成長。高校卒業後、宮内庁楽部に入り、宮内庁楽部在籍中は篳篥(ひちりき)を主に、琵琶、太鼓類、歌、舞、チェロを担当。雅楽の持ち味を生かした曲を創作し、1996年アルバムデビュー。以降、映画・ドラマへの出演、絵本の挿絵、本の執筆、大学客員教授など、さまざまな分野で活躍。2019年8月、オリジナルから雅楽の古典曲アレンジ、QUEENのカバー曲など東儀秀樹の世界観を存分に楽しめるアルバム「ヒチリキ・ラプソディ」をリリース。
取材・文/西巻香織 撮影/真田英幸