これまで、数々の作品でご一緒されてきたおふたりですが、「こんな感じで、話すのははじめてだよね(笑)」と見つめ合います。
手がけられたいくつかの書籍を広げ、和やかなムードの中、たくさんのお話をうかがいました。
前編では、最新作『丸の内魔法少女ミラクリーナ』や普段のお仕事について、後編では「本をつくる」というお仕事についてたっぷりと語っていただいています。
新たな扉を開いた仕事
先日、村田沙耶香さんに取材をさせていただいたこともあって、ゲラでもデザインを拝見していたのですが、完成した『丸の内魔法少女ミラクリーナ』を見ておどろきました。またすこし、印象が変わったように感じます。
名久井さん(写真・右)
そう、そうなんですよ。
原さん
最後にすこしチューニングが入って、最終的にこう仕上がったという感じですね。
最後の最後にまとめられたポイントは、どんなところだったんでしょう。
名久井さん
「魔法少女」というタイトルではありますけれど、やっぱりあまりかわいいものに寄せすぎてしまうと、「村田さん節」みたいなところが損なわれて、違和感が出てしまうと思うんですよね。それに、原さんの絵の持ち味として、「“黒”の使い方」が本当に上手なんですよ。それを使わない手はない、というのがありましたから、最終的に「もっと黒を使おう」という方向で調整いただいた感じですね。
今回、原さんにお願いされたのも、「かわいいだけじゃない」村田沙耶香さんの世界観とのマッチ、というところがやはり大きかったですか?
名久井さん
そうですね。最初は、もっとアニメチックな絵を描かれる方にお願いして、「魔法少女」を表現しようかとも考えていたんです。だけど、主人公の本質的なところは「魔法少女」に逃げ込む術を持っている、“等身大の女性”だったので。そうすると、ちょっとズラしていた方がいいんじゃないか、と考えるようになって。
そこで原さんに、ということだったんですね。
名久井さん
それともうひとつ、「魔法」というキラキラしたちょっと動的な世界観を、静的な印象の強い原さんにお願いする、というテイストのズレもまたおもしろいかもしれない、というところがあって。「原さんにぴったりの仕事ではないかもしれないんだけれど...」というのは踏まえたうえでのお願いだったりしました。
そういった説明を受けられて、原さんはどんなふうに受け止められましたか?
名久井さん
実は説明は…あまりしてないんです(笑)。
そうだったんですね!(笑)。では、原さんの中ではすこし不安な部分も?
原さん
わたしは以前から、村田さんの作品をいくつも読ませていただいていたので、お話をいただいたときはすごくうれしかったんですよね。だけどタイトルを見て、「これは…」と。思っていた以上にポップなテイストだったので、「意外な依頼をいただいてしまったなあ」と(笑)。
名久井さん
「かわいくポップ」というのは、きっとこれまで少ないですよね。
原さん
そうなんです。だけど、名久井さんとは長くご一緒させていただいているので、わたしのタッチや世界観はもちろん、とても理解してくださっている方なので。きっと、「100%、ポップでかわいい」という世界観ではなくて、なにか求められているものがあるんだろうなあ、とは感じました。
長年の信頼があるからこそ、その意図のようなところを汲まれて、ということなんですね。
原さん
そういうところはありましたね。だけど、描いていて本当にたのしくて。
名久井さん
原さんといえば「引き算」という感じがわたしはしてるんですけれど、これは足して足して足して、まだ足りないみたいな感じ。
原さん
「こんなふうに足せるんだなあ」という。自分ひとりでは絶対に描けなかったものなので。新しい発見がたくさんありましたね。
出会ったときから
今回、お会いさせていただくにあたって、自宅の本棚をかなり漁って来たんです。そうすると、江國香織さんの『なかなか暮れない夏の夕暮れ』 (ハルキ文庫)であったり、お二方で手がけられている本がいくつも出てきて。これまでご一緒されてる機会も多いですが、やはり「相性」のようなピタッとくるものを感じられていたりしますか?
名久井さん
それが「相性」なのかは、作品によって都度都度変わってしまうと思うんですけど、きっと純粋にわたしが原さんの絵が大好きなんだと思うんです。だから、わたしが関わっていないほかの作品を見ても、やっぱり素敵だなと思いますし。いろんな方とご一緒されて、「原さんの幅がまた広がってる!」「もっと見たい!」というのも思うんですよ。
もともと出会われたきっかけは、どういったものだったんですか?
名久井さん
わたしが「パレットクラブ」というイラスト学校で講師をしていて、原さんは、そこの生徒さん。
原さん
先生と卒業生なんです(笑)。
ああ、そうだったんですね。そこで「いいなあ」と惚れ込まれて。
名久井さん
当時から、原さんの絵がすごくいいなあと思っていて。世界観はもちろん、人物の描き方がよかったんです。人間の顔をいい頃合いに描くって、すごく難しいんですけど、原さんはご自分の「顔の描き方」を完成させていたんですね。ちょっと目がボヤーっと淡い。何通りにも取れるような、すごく深みのある顔の描き方をされていて。
たしかに、受け手によっても、また読む前と読んだ後でも違う印象を受けることができるような。
名久井さん
やっぱりそこが魅力で、卒業されてすぐにお願いしたのが『狼少女たちの聖ルーシー寮』(河出書房新社)という書籍でした。
原さん
わたしにとっては、最初のお仕事になったんです。
そこからのお付き合いだったんですね。
信頼のうえで成り立つこと
何度もご一緒される中で、「阿吽のー」みたいなこともあるかもしれませんが、どのぐらい細かに指示はされているものなんですか?
名久井さん
場合によっては、「こういうところに、こういう絵を入れたい」だとか、「貝殻から出てきていて」なんてラフのようなものを描くこともありますけれど、普段そこまでは細かな指示はお伝えしないですね。
原さんのアイデアにすこし委ねるようなことも。
名久井さん
いっぱいありますね。そこから調整していくようなやり方も。
そういうとき、原さんの中でなにかヒントにされているものってありますか?
原さん
名久井さんの指示って、そんなに事細かに多いわけではないんですけれど、短くて重要なセンテンスを、スッと渡してくださることがすごく多いんです(笑)。たとえば、『狼少女たちの聖ルーシー寮』であれば、“宝箱をひっくり返したような”だとか。もちろん、ゲラは読ませていただくんですけれど、そことはすこし距離を置いて、名久井さんの言葉から手繰り寄せるみたいなことは多いですね。
名久井さんとしても、「ストーリーに忠実」というよりは、もっとほかに大事にされていることがありますか。
名久井さん
そうですね。読み終わったあとの気分や読後感みたいなものと、あまり乖離しないようにつくりたいとは思っていますね。そこは丁寧にチューニングをします。お会いして打ち合わせをできない場合でも、メールや添付画像でのやりとりを通して認識を揃えつつ。
あまりお顔を合わせて、というシーンは少ないんですね。
原さん
全然ないんですよ(笑)。
それは本当に意外です。それでも、こんなに素敵なデザインが完成している、と(笑)。
名久井さん
きっと、安心感を持ってお願いをできているからこそだと思いますね。
互いに、心が踊る瞬間
お仕事のパートナーとしての「名久井さん」は、原さんにとってどんな存在ですか?
原さん
「これだ」という一冊の本をつくり上げるまでに、本当に一切妥協がないというか。だからこそ、わたしがご一緒していない本であっても、名久井さんが装丁されている本は、どれも手もとに置いておきたくなるようなものばかりだなと感じているんですよ。たとえばそれは、使われている紙であったり、細部のあしらいであったり。細かいところまで本当に愛情を持って、取り組まれていることがわかるし。ご一緒すると、名久井さんの中にある「こういうものを、実現したいんだ!」という強い気持ちが妥協なく、バンバン届くんです。それに、どうしても応えたくなっちゃう。
すごく刺激になりますね。ラフを出されるタイミングは、やっぱりドキドキされたりもしますか。
原さん
ちょっとドキドキ。どんなふうに見ていただけるかな、届くかな、と毎回思いますね。
名久井さんは、原さんの絵をご覧になるときどうですか?
名久井さん
もちろん、こちらもドキドキですよね。本はやっぱり「商品」なので、本屋さんでしっかり目立つか、ちゃんと手に取ってもらえるか、という商業的な視点でもしっかり考えなければいけないですけれど、それでも、純粋にドキドキ、ワクワクしますよね。ラフをもらう瞬間がいちばん好きかもしれません。だって、すごくたのしみにしているんですもん(笑)。
明日公開の【後編】では、「本をつくる」というお仕事についてたっぷりと語っていただいています。おたのしみに。
後編はこちら
名久井直子
ブックデザイナー。第45回講談社出版文化賞ブックデザイン賞受賞。最近の仕事に、『約束された移動』(小川洋子) 、『逆ソクラテス』(伊坂幸太郎)、『Mou』(Naffy)など。
原裕菜
イラストレーター。書籍の装画ほか、雑誌、舞台広告など幅広いイラストレーションを手がける。