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【連載エッセイ】ちょっと、好きな色。「グラスグリーン」

花や洋服、書店に並ぶ本の背表紙たち、おいしそうな洋菓子…、カラフルなものを目にすると心が踊り、わたしは「色辞典」を開きます。「この色は、どんな言葉で説明されているのかしら」と確かめてみる、それがわたしのお気に入りの遊びです。そんな、色に恋するわたしの、ちょっと好きな色を毎月ご紹介する連載エッセイ。6回目は「グラスグリーン」です。

【連載エッセイ】ちょっと、好きな色。:毎月、ひとつの「色」を選んで「ちょっとしたお話」と一緒にお届けするエッセイです。

執筆:中前結花  イラスト:emiasahi

   

今月の色は「グラスグリーン(草色)」


そもそも「グラスグリーン(草色)」とは。
「グラス」とは、草や牧草のこと。鮮やかな「若葉色」よりもすこし落ち着いたこの色は、自然の中でも目にすることが多く、ほっと落ち着きをあたえてくれるようなやさしい印象です。

【グラスグリーン(草色)】
一般に、草のような薄く淡いグリーンのこと。和名は草色。若草が成長して色濃くなった色をさし、紅葉したり、枯れ草にはなっていないが、瑞々しい若葉色より濃い。最古の色名の一つとされる。
(「色名がわかる辞典」/ 講談社 より)
 
落ち着いたグラスグリーンのリネンを見て、「上品だなあ」と感じることができるようになったのは、うんと大人になってからのこと。

だけどわたしは幼い頃から、植物が芽を出し、毎日複雑に色味を変えながら成長するサマを眺めているのがとても好きな子どもでした。「色辞典」を持ち出して、「今は若葉色だ」「この部分は草色だ」と、いつも植物との時間をたのしんでいたのです。


成長の中の「グラスグリーン」


8月生まれのわたしの誕生石は、緑色に輝く「ペリドット」。
それを知った当時、ピンク色にしか興味のなかった小学生のわたしには、それは、たいそう退屈な石でした。
「トルマリンやルビーがよかった」
とケチをつけたくなったり、
「8月なのだから、スイカみたいな赤や、朝顔みたいな濃いピンクの石ならいいのに」
と、ずいぶん勝手なことを思います。


通っていた小学校では、毎年夏休みになると、生徒に「朝顔」や「ヘチマ」を植木鉢ごと持ち帰らせ、「休みの間も世話をするように」とわたしたちによく言い聞かせました。

 
友だちの鉢についた朝顔の蕾(つぼみ)は、眩しいほどのショッキングピンク。

「いいなあ…」

と心底うらやましくなったのを覚えています。わたしの鉢にようやくつき始めた小さな蕾は、どの角度から見ても、なんだか渋い青色なのです。

「おばさんの浴衣みたいな色や」

と文句を言いながら、その年の夏休みもわたしは小さな体で鉢植えを抱えて帰りました。
 
「なんで、朝顔やらヘチマやら持って帰るんやろか。夏休みも、用務員さんは学校に居てはるのに、お水やりが大変やからやろか?」

と尋ねると、母は、

「自分以外のもののお世話をするとピン!とするからよ」

と答えました。

「お母さんは、ゆかちゃんのお世話をしてるからピン!とするんよ。自分が面倒見なあかんものがあると、人はしっかり者になるの。ゆかちゃんには、お母さんもお父さんもおばちゃんもおじいちゃんもおるけど、その朝顔にはお世話してくれる人はゆかちゃんしか居らんのよ。ほら、ピン!とするでしょう」

と説明され、なるほどなあ、と思ったのでした。
 
そう思えば、おばさんの浴衣のような藍色の朝顔も、なんだか愛おしく思えてきます。

そして、その日から毎日、花はもちろん、草や茎や葉の成長を眺め、「また濃くなった!」「黄色が混じった!」とよくよく観察するようになりました。

この朝顔には、わたししか居ないんだ、と思うと、なるほど背筋がピンとします。

心に「育てる場所」はあるか


時は流れ社会人になり、わたしはひとり上京しました。

 
仕事に追われ、休日はだらだらと布団の中で過ごす日々。「ピン!とするでしょう」という母の言葉を思い出し、植物を育ててみても、丈夫なサボテン以外は、どれも見事に枯らせてしまいました。

「全部、枯れるんよ」

離れて住む母に電話で伝えると、

「余裕がないんやわ」

と言われました。植物を育てるには、自分の中に余白のような「育てる場所」が必要なのだといいます。

自分のことで溢れかえり、余裕のない気持ちでいると、どんな植物にも栄養が回らず、うまく育てることができないのだ、とも。

 
「植木がかわいそうやから、自分で“ピンとできる”と思えてから、迎えてあげなさい」

と言われ、「そういうものか」と思い、もうずいぶん長い間「サボテン専門」の暮らしが続いていました。

過ぎる時間をおしえてくれるもの


やがて、フリーランスとして働きはじめ、新居に引っ越すと、なんだかガラリと広い空間をさみしく感じるようになります。

ちょうどその頃、「手づくり市」によく出かけるようになったわたしは「これだ」と、作家さんからいくつも植木鉢を譲り受け、部屋で育てるようになりました。

青々とみずみずしい葉をつけてよく伸びるもの、手で余分な表皮を剥いでやらないとなかなか芽の出ないもの。いろんな植物がありますが、どれも毎日にあちらこちらと違う方向に茎を伸ばしたり、目を見張るほど1日で背丈が伸びたりと、「生きているんだなあ」「時間は流れているんだなあ」と感じさせてくれます。

中でも、やわらかな草色の葉を眺めていると、心が落ち着いて、疲れた気分を引き受けてくれるような心地がして、わたしは植物に本当に助けられているのだと感じました。

 
しばらくして会社勤めを再開し、昼間は眺めることができなくなりましたが、そのぶん、休日の朝の水やりが、一層特別な時間となりました。

声をかけたり撫でたりすると、こちらに応えてくれるように元気になり、逆に、あくせくと過ごして眺めてやることもしないと、しなり、ぐったり、となんだかメランコリックな様子で恨めしそうにさえ見えるから不思議なものです。
 
***

 
思いがけず、不安なかたちで今、自宅で過ごす時間が長くなっていますが、日々濃くなる緑や、伸びる枝や葉が、今日も変わらず陽があること、時間が確実に前に進んでいることをおしえてくれます。

 
変わるもの、変わらずあるものをそれぞれ大切に、ピンと前を向いたり、誰かを支えたい、そんなふうに考える毎日です。

グラスグリーンのアイテムをひとつ


wafuさんの「天然素材ナイトウェア」

自宅で過ごす時間が長くなり、部屋着や寝具に気を配るようになったという話を近ごろよく聞きます。淡いピンクややさしいグリーンは夢見がいいと、いつだか親戚のおばさんにおしえてもらいました。その気になりやすいわたしは、ピンクやグリーンばかり選んでいます。
美しく上質なリネンのパジャマは憧れです。
作品を見る
 
   
次回は、どんな色にしましょう。どうぞ、おたのしみに。

emiasahi
https://minne.com/@emiasahi

第6回の挿絵は、イラストレーターのemiasahiさんにお願いしました。「グラスグリーン」とテーマを決めたときには、「emiasahiさんにお願いしたい」と考えていたので、とてもうれしかったです。すっきりと爽やかなのに、ほっこりとあたたかい、そんな色味やタッチが素敵で、久々の連載執筆がたのしかったです。ありがとうございました。(中前結花)
emiasahiさんにとって「グラスグリーン」や「グリーン」は、「生き生きとした葉っぱの印象が強いです。自然の中でもお部屋にあってもグリーンには、とても癒されます。絵を描くときもなくてはならない色で、ついグリーンの絵の具や色鉛筆を買い集めてしまいます」とのこと。

【連載エッセイ】ちょっと、好きな色。
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