【連載】つくるしごと:ものづくりを手がけるプロフェッショナルに、そのお仕事との向き合い方について、お話をうかがいます。
訪れたのは、映画のPR動画撮影を控えた都内某所。『荒川アンダー ザ ブリッジ』『虹色デイズ』『大人ドロップ』…と、ドラマに映画にと次々にヒット作を手がける飯塚健監督にお会いするためお邪魔しました。
自ら脚本も手がける、映画最新作『ステップ』は、飯塚さんご自身が原作である重松清さんの小説に惚れ込み、ついに実写映画化に至ったとのこと。数年の時を経て、いよいよ形となり公開を迎える今作。監督の、そんな作品づくリについて、じっくりとうかがってきました。
小説で受け取った想い
「よろしくお願いします」とにこやかに出迎えてくださった飯塚さん。
試写会で拝見して、これは本当にたくさんの方に見ていただきたい作品だなと心から感じました。今日お会いできてとてもうれしいです。
飯塚さん
ああ、それはこちらもうれしいです、ありがとうございます。
実はわたしも原作小説「ステップ」は本当に好きな作品で、今回もたのしみにしていたのですが、飯塚さんご自身も、作者である重松清さんのファンで、小説にもう惚れ込んでしまわれたとおうかがいしました。
飯塚さん
いやあ、そうですね。ぼく自身が読んだときに、やっぱりたくさんのものを受けとった、本当に…素晴らしい小説だったので。
重松さんに飯塚さんご自身でお手紙を送られて、この映画化が実現したとのことですが、この作品を映像にすることで、飯塚さんがいちばん届けたかったのは、どういったところでしたか?
飯塚さん
「悲しみは消えない」ってことじゃないでしょうかね。やっぱりそこに小説を読んで、いちばん心が掴まれたところでもありましたし。時間で解決する、乗り越える、とか。そういう綺麗なことではない、というところなんじゃないかと思いますね。
人と人のつながり
たしかに、「悲しみ」はもちろん、「不在」というものがずっと残された家族の中にあった気がします。
飯塚さん
うん、本当にそうですね。上手く付き合っていくしかない、というか。それは、ある種の覚悟なんじゃないか、と思うんですよね。
結婚3年目、30歳の若さで妻に先立たれた主人公・健一。そこから、1歳半の娘・美紀とのふたりきりの人生が始まる。仕事も育児も“思い通りにならない”日々を過ごしながらも、妻の両親をはじめ、人と人とのつながりの中で、ゆっくりと成長していく父と娘。そんなふたりの10年間を描いた、あたたかなストーリーになっている。
切なくて、いじらしくて…。ただ、作品全体を通して、とっても軽やかな印象を受けたのも、また新鮮でした。
飯塚さん
そうですね。もちろん、すごく大変なことだと思うんですよ、実際に主人公にとっては、最愛の伴侶を、娘さんにとってはお母さんを亡くしてしまう。だけど、生活は続くし、生きてかなければいけない。男女逆の場合も含めて、そういう大変な辛い想いをしている人っていうのは、たくさんいらっしゃると思うんです。
そうですね。
飯塚さん
実際、ぼく自身も9歳で母を亡くしていて。ぼくの場合は弟もいましたけれど、父親と3人で暮らしてきた経験があるんです。作中に出てくる「母の日」の悲しさ、みたいなものも、やっぱりわかる部分があったりして。だけど、それだけじゃないんですよね、この作品って。残されたふたりが悲しい、っていう話ではなくて。
「シングルファーザーの苦労話」「奮闘記」ということではない。
飯塚さん
そう、まわりの人たちとの関わりの中で、どう成長していくか、どう悲しみと付き合っていくか、という。特に亡くなった奥さんのご両親との関わり、というのがやっぱり大きくて。そこに、娘・美紀ちゃんの変化があったりする。
義両親や義理の兄夫婦との距離感や会話のひとつひとつにも、とってもリアリティを感じました。
飯塚さん
その存在をすごくありがたく思ったり、すこし重荷に感じてしまったりって。なんかそういうのって、ちょっとわかりますよね(笑)。だけど、そこまで踏み込んだ話って、意外とこれまで少なかったんじゃないかなと思っていて、そこもやっぱりぼくはおもしろいと感じたんですよね。亡くなった妻の実家との付き合い。血のつながりだけじゃない、それを超えたつながり、というか。そういうものを捉えにいけたら、と考えてつくりはじめましたね。
「屋根」で映す、それぞれの家族の形
特に、こだわられたシーンや演出についてうかがわせてください。
飯塚さん
主人公の健一と美紀ちゃんがベランダで洗濯物を干すシーンがあるんです。あとは、ラストの方で病室が出てくるんですが、そこから見える景色だったり。そういうところで、すごくたくさん「屋根」を見せてるんですよね。
「屋根」。
飯塚さん
あるひとつの家庭の話なんだけれど、実はどこにでもありえる、知らないだけでほかの家でも起きているかもしれない。屋根の数だけ家庭があって、家族の形があって、そういうのがうまく伝わればいいな、という想いがありました。
ああ…思い返せば本当に。保育園に通う、あの一本道のシーンもとっても印象的でしたが、やっぱりたくさんの屋根に囲まれて、そんな中でふたりの姿はとっても小さくて。たくさんの家庭や人の暮らしを映し出すこと、ふたりのささやかな毎日が、より際立って…。思い出しても、ちょっと胸が詰まります。
飯塚さん
まさに、そのシーンもですね。ふたりを中心とした、ふたりだけの特別な話ではない、というか。たくさんの家族の中の、ひとつなんですよね。そこを伝えたくて、とにかく「屋根」が印象的に見える場所を一生懸命さがしましたね。
俳優「山田孝之」への信頼
小説自体の発表からは、すでに10年近くが経っていますが、具体的にご準備をはじめられたのは、いつ頃だったんでしょうか。
飯塚さん
2016年の末ぐらいだったと思います。そのときに初めて、山田(孝之)くんに脚本を渡して。「次こんなの一緒にやらない?」って声を掛けたんですよね。
山田さんの役どころも、また新鮮と言いますか。近頃、とても怪奇的であったりエキセントリックであったり…そういった演技でのご活躍が魅力的でもありますが、今回のような、ともすれば「どこにでもいる」ような主人公を山田さんに演じていただくことで、期待されていたのは、どういったところだったんですか。
飯塚さん
実は、山田くんの場合変わらないというか。ぶっ飛んだ設定であろうが、こういったリアリティのある作品であろうが、基本的に役者さんがやることは変わらないんですけど、山田くんの場合は特に、どんな役どころでも上手く、一生懸命やってくれるということを充分知っていたので。
信頼関係が、すでにできあがっていたんですね。
飯塚さん
これまで、ぼくと一緒にやってもらった作品もどちらかといえば、やっぱりアッパーな方向のものが多かったんですけれど(笑)。今回、主人公・健一をお願いできたのも、本当に良かったなと思います。
それぞれの10年
今作は、「10年間」を追っているというのも、ひとつ特徴だと思うのですが、やっぱり山田さんの「経年」、不自然なメイクだとかそういったことでなくて、きちんと苦労されながら年齢も重ねられた、というのが表情でも立ち姿でもありありと伝わって、非常に驚かされました。
飯塚さん
山田孝之演じる健一の、「10年の時をきっちり感じさせてくれる様子」というのは、やっぱりすごく見ていただきたいところではありますね。本当に「人が、10年間年齢を重ねるってこういうことなんだよ」という感じですよね。撮影期間の関係もあって、たとえば物理的に禿げる表現だったり、とっぷり膨よかになったりするような表現は難しかったんです。だけど、ちゃんとそう映ったと思うんです。そんなことしなくても、芝居で年月を見せてくれたんですよね。
はい、とても自然に。それを感じ取ることができました。
飯塚さん
10年ですからね。そこはやっぱり、こだわった部分でもありますし、彼のすごさでもあって。逆に、娘の美紀ちゃんは3人の役者さんに演じてもらってますけれど、どこもちゃんとひとりの人間として育っていってる様子が伝わってればなと。
そこも、やっぱり自然でしたね。
飯塚さん
16歳から演じてくれた、(白鳥)玉希と現場で一緒にご飯を食べてたんですけれど、「食べ過ぎじゃない?」なんて。
成長期ですもんね。
飯塚さん
いや、ぼくが言われたんです(笑)。
あら、監督が!(笑)。劇中でもそうでしたが、ずいぶんと大人びたリアクションだったりするんですね。
飯塚さん
立派な俳優だと思って接していて、あんまり、年齢が小さいから、みたいなことはぼくも考えていなくて。「たとえば、こういう気持ちってわかる?」「こういう表現だと気持ち悪くない?」みたいなことを聞きながらディスカッションしたり、どの世代の子ともしっかり話をしながらつくりました。
対話もとても大切にされていたんですね。
誰かにやさしくしたくなる。
試写会で拝見したとき、わたしはもちろん、隣でご覧になってた男性もやっぱりすごく涙されていて、それがとっても印象的でした。
飯塚さん
ああ、試写会でご覧いただくときって、どうしても構えるというのがあると思うんですけど、それはうれしいですね。
仕事だなんて、忘れてしまうような(笑)。
飯塚さん
いや、それがいちばんありがたいですよ。ぼくの作品にしては、ずいぶん幅広い年代の方にご覧いただける作品になっていると思うので、小学生でも、きっと70代80代の世代の方でももちろん、なにかを受け取ってもらえる映画がつくれたかなというふうには思っているので。
きっとまた、世代によって、共感する部分や感じることがそれぞれ違ったりもするかもしれませんね。
飯塚さん
まさにそうですね。だけど、それぞれがきっと、見たあとに家族だったり…大事なひとにやさしくできる、やさしく接したくなるんじゃないかなとも思うので。
それぞれの大切さに気づくような。
飯塚さん
そうですね。ご夫婦や大切な人と見てもらうのもいいと思います。まわりの人たちとの触れ合いの中で、悲しみと上手く付き合いながら、一歩一歩育っていくふたりを、あったかく見ていただけるとうれしいですね。
『ステップ』
(C)2020映画『ステップ』製作委員会
取材・文 / 中前結花 撮影 / 真田英幸
【連載】つくるしごと
- loading