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【店長・山下優 連載】本屋のABC 第2回「本屋の棚は有限であり、無限でもある」

青山ブックセンター本店・店長の山下優さんによる連載。お店づくりや商品の売り方などと合わせて、毎回1冊おすすめの書籍をご紹介いただきます。今回のテーマは「本屋の棚」についてです。

連載「本屋のABC」


こんにちは、青山ブックセンター本店店長の山下です。
この連載のタイトルは「本屋のABC」ですが、あくまで青山ブックセンターの視点から考えていることを書いていきます。本屋の形が多様化していく中で、大きい主語で語ることがどんどん難しくなっていると感じているからです(多様化していく流れはいいことだと思っています)。
それでも、はじめて行った本屋がその人にとっての「本屋」の基準になっていくと思うので、この連載も含めていろいろな形で発信していきたいと考えています。

限りのある棚

今回のテーマは、本屋の棚についてです。

店舗が持つ本屋の棚は、物理的にはスペースに限りがあります。
何を今さら、と思われるかもしれませんが、それなりの規模の本屋には、ありとあらゆる本があると思われていることが多いと日々感じています(ちなみに当店の規模は、自分たちでは中規模の店舗サイズだと思っています)。
在庫があったけど売れて品切れになったタイトルもあれば、もともと在庫してなかったタイトルもあります。いわゆるチェーン店さんを中心にサイズの大きい店舗が増えたこと、ネット書店での購入の浸透が主な要因かと思います。
現在流通している本(絶版、品切れ重版未定、古書を除く)をすべて取り揃えている店舗はないはずです。
ネット書店も倉庫の大きさには限りがあるからです。

では、限りがある棚をどのように考え、つくっていくのか。


正直、わたしは当店に入ってから棚のつくり方を具体的には教わったことはありません。あまり人に細かくああして、こうしてと指示されるのが好きではない性分なので、わたしにとってこれは幸いなことでした。
基本的には、先輩のフォロー業務を通して、背中と棚を見て学び、引き継いでからは、ひたすら試行錯誤を繰り返し、今も続けています。
10年、書店員を続けていますが、明確な正解は出せていません。そもそも棚に完成形はないというのが、現状の答えです。

棚を耕す

棚はお店からお客さまに一方的に押し付けるものではないと考えています(ちなみに取り扱いジャンルを絞ったり、お店としてのスタンスはあります。学習参考書は用意していませんし、明らかに人を貶めている本は置いていません)。

棚をつくっていくには、お客さまとの相互作用が必須です。
棚担当者が売れそう、おもしろそう、おもしろかった、おすすめなど、ある程度は選んでつくっていきます。ただ、どんなに棚担当者が「最高な棚」と自負していても、売上が芳しくなければ、お店にとっても、当店に来店されているお客さまにとっても、いい棚ではないです。売上だけでなく、そもそも手に取った形跡があるか、などもひとつの指標になるかもしれません。

売れたタイトルは棚をつくっていく大きな判断基準になります。
他にも著作がある著者であれば揃えて大きく展開してみたり、同じような内容やテーマを揃えていくこともあります。
ではとにかく売れる、あるいどこかで売れた全国ランキングが高いタイトル「だけ」を揃えばいいかというと、やはりそうではありません。頻繁には動かなくても(もちろん売れて欲しいです…!)、棚にあることによって、安心感や深みを出すタイトルもあるからです。
売れる、売れないだけではない、何とも言えないバランスの綱引きをずっと行っています。
棚は畑の土を耕すことにも近いと個人的には考えていて、棚担当者だけでなくお客さまとともに耕しています。
売れていく本によって、ただの売上という数字だけなく、棚に動きが起き、より豊かになっていくイメージです。

棚のその先へ

『僕は君の「熱」に投資しよう』(ダイヤモンド社)刊行にあわせて、著者である佐俣アンリさんの選書フェアを展開中。左俣さんにコメント付きで10タイトルほど選書いただきました。

棚は物理的には有限ですが、棚にある本の先には無限の世界が広がっています。同じ著者の他の著作であったり、同じ出版社、本の中で言及されていた本や参考文献、など読みたい本への道は無数につながっています。もし合わない、失敗したという本に巡り合ったとしても、今後選んでいく基準にできると思います。

もともと欲しいと思っていた本に加えて、どう、他の本を手に取ってもらうか。無意識を意識化することができる場の魅力が、本屋にはあります。

まずは棚担当者が、どれだけ広く興味関心を持ち続けることができるか大事だと思います。ある点での深さではお客さま側が深いことが圧倒的に多いです。その点の深さに応えつつ、どう異なる点をつなげていけるかが大事。
柔軟に、「こだわらない」ということにこだわり続け、人それぞれによって解釈の余地や余白がある棚をつくっていきたいです。

青山ブックセンター本店では、毎年夏恒例の選書フェア「この夏おすすめする1冊」を開催中。今年はさまざまなジャンルで活躍されている総勢180名の方々におすすめの本をコメント付きで紹介いただいています。

今回の1冊

渡邉康太郎『CONTEXT DESIGN』通常版
出版:Takram
著作:渡邊康太郎

ーーコンテクストデザインとは、それに触れたひとりひとりからそれぞれの「ものがたり」が生まれるような「ものづくり」の取り組みや現象を指す。換言するならば、読み手の主体的な関わりと多義的な解釈が表出することを、書き手が意図した創作活動だ。
コンテクストデザインは、読み手を書き手に、消費者を創作者に変えることを企図する。作者が作品に込めたメッセージやテーマ=「強い文脈」をきっかけに、読み手ひとりひとりは解釈や読み解きをおこなう。この「弱い文脈」の表出こそを意図したデザイン活動が、世のなかに不足している。コンテクストデザインは個々の弱い文脈の表出を促す。ーー(書籍案内から一部を引用)

読みながら本屋目線で、ずっと「うん、うん」と唸ってしまいました。まさに本屋の棚がコンテクストデザインだと実感したからです。本屋として考えてはいたけど、うまく言語化できなかったことがたくさん詰まった1冊です。

 
山下優
青山ブックセンター本店店長。1986年生まれ。2010年、青山ブックセンター本店入社。アルバイトを経て2018年11月に社員になると同時に店長に。
山下優Twitter:https://twitter.com/yamayu77
青山ブックセンター本店 公式HP:https://aoyamabc.jp/
 

書き手 / 山下優
プロフィール写真 / 植本一子
編集 / 西巻香織

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