特集

「あの作品」ヒストリー vol.16 六百田商店°さんの、やや焼けパンくん

自身の代名詞ともいえるような、長年愛され続けている作品をもつ作家さんに、その作品の誕生秘話を語っていただく連載企画。第16回目は、六百田商店°さんと「やや焼けパンくん」の登場です。

六百田商店°
絵描きの「六百田(ろっぴゃくだ)」と、アニメーション作家の「オータまる」で活動。夢か現実かわからない世界の絵を元にグッズを制作。
https://minne.com/@600

見た人をキュンとさせてしまう六百田商店°さんのイラストグッズ。かわいいもの好きにはたまらない、シュールとキュートの絶妙なバランスに、たくさんの人が魅了されています。中でも「六百田商店°」の名が知れ渡るきっかけをつくったのが、「パン」をモチーフにしたシリーズ作品です。

今回は、そんなパンシリーズの中から、特に人気を集め続ける「やや焼けパンくん」ヒストリーに迫りました。お話くださったのは、六百田商店°のイラスト担当、六百田さんです。

記憶の中から


 
「やや焼けパンくん 」が生まれたきっかけをおしえてください。

六百田
六百田商店°として活動を始めて間もない頃、「ニューオープンするパン屋さんに、パンの雑貨を置かせてもらう」という企画にお誘いいただき、パングッズをつくることになりました。

どんなパンを描こうかと考えていたとき、ふと、子どもの頃、母親の手づくりパンが発酵を経てふくらんで焼けていく様子をワクワクしながら観察していたことを思い出したんです。

六百田
そこで、パン種から焼きあがるまでを順序立てて、イラストに起こしてみました。その中で生まれたのが「やや焼けパンくん」です。
 
幼い頃の記憶から誕生したキャラクターだったのですね。「こんがり」ではなく「やや焼け」というネーミングもおもしろいですよね。

六百田
ありがとうございます。キャラクターの名前を見たときに笑顔になってほしいなと思って名付けています。ほかに「パン種くん」「一次発酵くん」「半焼けくん」などもいます。

当初、プリントバッグのみの展開だったところ、相棒・オータまるさんの「ビックリマンチョコのヘッドロココのシールみたいに、ピカピカしてワクワクするグッズもつくろう」のひと言で、試行錯誤の上、ツヤツヤのブローチが完成。瞬く間に、人気アイテムとなりました。

体力と引き算


 
なんとも言えない愛らしい表情と、シンプルなようで複雑な色使い、フォルム。絶妙なバランスに惹かれるのですが、作品をつくる上でのこだわりをおしえてください。

六百田
「やや焼けパンくん」に限らずですが、まず描く絵のイメージやラフが固まったら、1~2枚、完全に絵を仕上げてみます。すると大体、描き込みすぎていたり、肩に力が入りすぎていたり、作為に満ちた表現になっていることがほとんどです。

六百田
いったんそれらの絵は全てボツにして、描き込みすぎている箇所、力が入りすぎておもしろくない箇所を客観的に分析します。そのあとは、大幅な「引き算」の考え方で「よいところ」だけを抽出するように、本番の絵を仕上げていきます。

六百田
美大の油画科の頃のくせで、「塗料の重なり」や「透け」を計算しながら描くことが多く、塗料を塗ったあとはしっかり乾かして、紙に色が完全になじんでから次の色を重ねていくので、1枚の絵を仕上げるのにものすごく時間と手間がかかります。しかし、その「ゆるい絵に時間と手間をかける」ということこそがこだわりと言えばこだわりかもしれません。
 
ブローチの発色の美しさも、丁寧にじっくりと時間をかけて色を重ね、描かれているからこそなのですね。

左:こんがり焼きたてパンくん、右:やや焼けパンくん

六百田
絵を描いているうちに、没頭しすぎてエネルギーを急激に使ってしまうためか、途中で突然、電池切れになってしまうことも多くて。制作する際には、調理せずにすぐ摂取できるおいしいパンやゼリー、カロリーの高いお茶菓子などを大量に購入してそばに置くようにしています。

のめりこみ過ぎて、自分の作品を客観的な視点で見られなくなりがちなので、仕上げ前の、頃合いのいいタイミングでいったん制作から意図的に離れたり、相棒に意見を求めるようにもしていますね。

道しるべ


 
「やや焼けパンくん」をはじめ、そうして時間をかけ、想いを込めて完成した作品が、たくさんの人に届き、愛され続けているんですね。

六百田
今のように、たくさんの方に知っていただけるようになったきっかけは、まさに「パンシリーズグッズ」をつくり始めたことでした。パンシリーズが好評をいただき、ヴィレッジヴァンガードさんの目にとまったことで、実店舗で展開していただけることになったんです。

その後、「パン」に縁のあるミュージシャンやロックバンドの方たちのノベルティデザインや、老舗のパン屋さんの70周年アニバーサリーグッズなど、パン関連のお仕事をたくさんさせていただきました。TVドラマで“エビ中”こと私立恵比寿中学の柏木ひなたさんにパンのブローチをつけていただけたことも、すごく光栄でうれしかったですね。

「パンたちのおかげで色々なお客さまやお仕事に出会うことができ、世界が広がりました」と六百田さん。

六百田
とても印象深くて、ときどき思い出すのですが、イベントに出展した際に「六百田商店°のパングッズをきっかけにパン屋さんで働き始めました!」と報告してくださった方もいらっしゃったんです。
 
それはすごい。作品が人生の転機になったのですね。ご自身にとっては、「やや焼けパンくん」はどのような存在ですか。

六百田
minneの六百田商店°のプロフィールアイコンとしても使用している「やや焼けパンくん」は自分にとっては分身のような、自分が進みたい方向を示してくれる光のような存在です。

自己評価がかなり低いわたしですが、自分が生み出した「やや焼けパンくん」たちのおかげで、とても素敵な出会いに恵まれて、たくさんの人に喜んでもらうことができ、自分のことを前より好きになれました。すごく感謝しています。

海を超え世界中に


 
今後思い描いていることや、つくってみたい作品はありますか。

六百田
物心ついた頃からずっと「相反するものの結合」というテーマが頭の中にあり、「自分の作品が、接点のないもの同士をつなげる『ハブ(結節点)』のような役割になるといいな」というイメージを抱きながら生きています。

たとえば、わたし自身、現代美術やアートが大好きで、生きるための大事なパワーをたくさんもらっているのですが、日常、普通に生活していると、美術作品に触れる機会は少ないですよね。でも、自分が感銘や影響を受けたアート作品への敬意を忘れずに、六百田商店°でグッズをつくることで、「アート(=非日常)」と「日常」とのゆるやかな行き来を促すような役割になれるかも…と思ったりしています。

自分の制作や作品と直接関係ないところで言うと、その土地の気候や風土を活かしつつ、新しいことをされている方に興味と敬意を持っていて。今まで捨てられてきたものに、新たな役割を与えて生まれ変わらせたり、人間の知恵や工夫、最先端のIT技術や科学技術を活用して、限りある持ち駒(材料や時間、エネルギー)でどれだけたのしく生活を豊かにできるかということに挑むアイデアやムーブメントにも、刺激を受けています。

そういう「ものすごく役に立つこと」と、自分の絵みたいに「直接的には誰の役にも立たないけど、ときに誰かにたのしんでもらえるもの」、どちらも肯定して活動していきたいです。

 
最後に今後の夢をおしえてください。

六百田
わたしは、minneにとても感謝しています。スタッフの方たちのアイデアとインターネットの力で、これまで制作者と購入者の間に存在してた「バイヤー」・「お店」・「批評家」などすべて通り越して、購入者が素直に「いい!」と思えるものを制作者から直接買ったり、閲覧したりできる仕組みになっていて、作家として登録する前からずっと、ものすごくすばらしいシステムだとしみじみ感じ続けています。

minneの作品に、わたし自身いつもワクワクをもらっていますし、作家さんの中にも、テクニックや材料などを最大限に活用したり、工夫を凝らして活動をされている方が本当に多くて、元気をもらっています。(六百田商店°のグッズを見てファンになってくださる方も、ほのぼのした、あたたかい方が多く、いつもメッセージやレビューで励ましていただいています)

そんなminneを自分のホーム(心のふるさと)として、これからもたのしく活動を続けていきたいですね。minneを拠点に、いつか世界中の子どもたちに自分の作品を見てニッコリしてもらう、というのが叶えたい夢です。

ものづくりへのこだわり、姿勢、作り手への敬意までたっぷりと語ってくれた六百田さん。手がける作品が人々の心を捉えるのは、そんな想いが形となり、届いているからなのではないでしょうか。絶妙な焼き加減のパンくんシリーズをはじめとするユニークな作品群をぜひ、六百田商店°さんのギャラリーページでご覧ください。

次回の作品ヒストリーもおたのしみに。

作品ギャラリーを見る

 
取材・文 / 西巻香織

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