インタビュー

【SNSで話題のクリエイター】螺鈿職人 野村拓也さん「挑戦を続ける、ものづくり」

SNSで話題を集める人気クリエイターに「自身のものづくり」についてお話をうかがいます。今回は、貝を使った装飾技法「螺鈿(らでん)」を用いて、繊細に美しく輝く作品を制作されている螺鈿職人・野村拓也さんにお話をうかがいました。実は元営業マンという異色の経歴を持つからこその価値観、挑戦を続ける姿勢は必見です。

螺鈿職人 野村拓也
京都の嵯峨嵐山で家業の螺鈿職人として工芸品を制作。
Twitter:https://twitter.com/takuyanomurardn
Instagram:https://www.instagram.com/sagaradennomura/

貝殻の持つ美しい輝きを活かしてつくる螺鈿作品。古くから主に伝統工芸品などに用いられ、人々を魅了し続けてきました。今回は家業としてご家族で「螺鈿」を制作されている、「嵯峩螺鈿・野村」の野村拓也さんに、自身のものづくりについてお話をうかがいました。


作品が生まれるまで


 
螺鈿の作品は角度によってさまざまな表情を見せてくれるので、思わず見入ってしまいます。移ろうような輝きは貝を貼り付けては研ぎ、表現されているのだと知ったときは、その繊細な工程を思い、圧倒されてしまいました。

野村さん
色彩豊かな天然の貝を、職人がひとつひとつ目で確認しながら加工するので、同じデザインでも色味や輝きはすべて異なります。また、光が当たる角度によって貝の色が変化するので、おっしゃる通り、正面または斜めからなど角度での違いはもちろん、室内か屋外かでも違った表情をたのしめますので、使いながらさらに新しい魅力を発見できるのではないかと思います。
 
螺鈿の奥深さを感じます。アクセサリーや小物、インテリアなどさまざまな作品がありますが、基本の制作工程を簡単におしえていただけますか。

野村さん
螺鈿作品の土台となる生地は木材です。うちでは木を切るところから自分たちで行っています。生地をつくって下地を塗り、貝を張り付けて上塗りをして研ぐ。
これを繰り返して仕上げていきます。
 
木を切るところからですか。大胆な作業から細かい作業まで、幅広い技術が必要ですね。中でもいちばん手間をかける作業というと?

野村さん
やはり貝をカットして貼り合わせていくところですね。使う貝の色味や輝きを厳選し、さらに貝1枚につき、だいたい2割くらいしか使用できないんです。それぐらい時間をかけて選び抜き、希少な部分だけを使用して制作をしています。
 
使う素材を集めるだけでも根気がいりますね。

野村さん
そこから、さらに正面から見たときいちばん美しく光るように計算をして貝を置いていくので、ひとつの小さなパーツを置くのも、何度も色と輝きを確認しながら作業を進めていくんです。

試行錯誤をしながらの手作業の積み重ねで、ようやくひとつの作品が完成します。
 
デザインのモチーフやインスピレーションはどこから得るのでしょうか。

野村さん
螺鈿は幾何学的なデザインと相性が良いので、ステンドグラス調のものがあるとついつい目が奪われます。また、意外かもしれませんが個人的には海外のInstagramなどで、タトゥーのデザインを見ると、螺鈿の表現の良いヒントになることがありますね。
 
意外性があっておもしろいですね。野村さんは家業としてご家族で「螺鈿」の作品をつくられているということですが、みなさんそれぞれの作品の特徴が気になります。

父・守さんのブランド「MAMORI」の螺鈿×蒔絵×鼈甲イヤリング。

野村さん
父・守は、螺鈿に蒔絵などの技術も併用するほか、琥珀や鼈甲などの異素材と螺鈿を組み合わせた作品も展開しています。
姉・まりの作品は、女性ならではの視点が入ったデザインが特徴です。働く女性を応援する、自身のブランドも立ち上げています。

作り手によって、作風もガラリと変わるんですね。

野村さん
そうですね。わたしは螺鈿職人としてまだ日が浅く、基本的には、父の作品を真似するところからはじめています。唯一自分がデザインから考え制作したのは、シルバーリングに螺鈿で加飾した作品です。

こちらがその「螺鈿グラデーションシルバーリング」。ファッションとして身につけてたのしめる現代的な螺鈿作品です。「ありがたいことに、多くのお客さまにお買い求めいただいています」と野村さん。

自分にできること


 
そもそも野村さんが螺鈿職人になったきっかけをおしえていただけますか。

野村さん
わたしは長男なので、実家が家業として螺鈿の作品を制作していることはなんとなく気にしてはいましたが、大学卒業後はスポーツアパレルの会社に就職して5年間営業として働いていました。
 
まったく異なる業界にいらっしゃったんですね。

野村さん
はい(笑)。あるとき、実家に帰省して店をのぞくと、当時はインバウンドが盛り上がっていて、世界中から旅行中のお客さまが来店されていました。ところが、うまく対応できていなくて。
わたしはロサンゼルスでの留学経験があったので、語学力が力になれるのではと考えたのがきっかけです。
 
元営業マンというのも、語学力がきっかけというのも驚きです。螺鈿職人としては異色の経歴の持ち主ですね。

野村さん
ただ、サラリーマンとして外で働いたことはとても良い経験になりました。営業・商品企画・仕入れ・在庫管理・広報・経理など、営利活動に必要なものを体系的に学ぶことができましたし、得意先の経営者の方とお仕事させていただく中で学んだ、働く姿勢や考え方なども今の自身の働き方に強く影響していると感じています。
 
営業マンから螺鈿職人となり、辛かったことはありますか。

野村さん
いちばん辛かったことといえば、家業に戻ってすぐに百貨店で催事販売があったのですが、初日の売上がゼロだったことです。必死に接客をして商品の魅力や特徴を説明しても誰も足を止めてくれませんでした。恥ずかしながら、ホテルに帰ってひとりで泣きました。ずっと頑張って家族が続けていた商品が、この世の中に必要でないと言われているような気分になったからです。
それから2年目くらいまでは、売上を伸ばすために全国の催事に参加していましたが売上がゼロの日も少なくなく、とても虚しい気持ちになっていました。でも今思えば、そういう辛い想いや悔しさをバネに、諦めることなく、どうやればもっと売上につながるのかを日々考えながらトライ&エラーを続けた結果が今につながっていると思います。
 
営業と職人、どちらも経験しているからこその考え、行動という感じがします。

野村さん
職人としてのキャリア以外で吸収した経験が、自分の強みでもあり、ほかの職人の方の感覚にはないものだったりするのかなとは、仕事をしていて感じることがありますね。
 
ほかの職人にない感覚といえば、野村さんは以前に職人としてご自身の作品をTwitterで紹介し、話題になりましたね。
 

Twitterで注目を集めた、自身初となるオリジナル作品を紹介したツイート。

野村さん
コロナの影響で4〜6月の売上がほとんどゼロになってしまい、なんとかしないといけないという想いでTwitterを始めました。このツイートをきっかけに多くの人に注目いただき、売上も挽回することができてありがたく感じています。
 
自分が手がけた作品を自分で紹介する、ということは伝統工芸の世界ではたしかに珍しいことのようにも思います。

野村さん
伝統工芸の世界は縦社会で、「業界の人から何か言われたら困る」と、注目されることを避けていたり、嫌がる職人さんも多いと思いますが、発信を続けて注目していただくことで、自分が携わる工芸を後世に残すことができるのであれば十分やる価値はあると思っています。
 
作品の特徴や、根底にある“届けたい”という想いも伝わりますし、刺激を受けた職人さんも多いかもしれませんね。

野村さん
これをきっかけに職人の発信が増えてほしいと思っています。そしてもし可能であれば、ほかの方のつくった商品や作品にあたたかい言葉を掛け合えるようになったらいいですね。負けん気を強く持って、切磋琢磨し合うということもあるかもしれませんが、職人同士が尊重し合える世界が実現できれば、もっと工芸全体が盛り上がるはずです。

既成概念を超えて

技術を磨き、つくることだけに限定せず、届けることを考えて、自分のできることをする。そんな野村さんが作品を制作されるうえで、日頃から大切にされていることをおしえてください。

野村さん
常に「お客さま目線」を大切にしています。これは自戒も込めてですが、職人は特に自分がつくりたいものやつくりやすいものに流れてしまいがちです。職人がつくっても、お客さまに使ってもらえなければ意味がないと考えています。お客さまのほしいものや気になるものに合わせて商品をつくるべきですし、そうしなければ生き残れません。そういう意味では、お客さまが商品をつくっていると考えることもできると思っています。
 
螺鈿のリングもそういったところから生まれたのでしょうか。

野村さん
父がお客さまから結婚指輪として、プラチナに螺鈿加工をほどこすというオーダーをいただいていて。それをシルバーリングにして売りやすくしてみたらどうかなと思い、真似してつくってみたことがきっかけです。
制作写真をfacebookに載せたところ反響があったので、可能性を感じ、新しく商品展開を始めました。

カラーバリエーションは、グリーン、ブルー、ピンク、に加えて、3色を混ぜたミックスカラー。「自分で設定した展開でしたが、無謀かつ利益が出ないと実感し、悲しくなったことを覚えています(笑)」と野村さん。

野村さん
とはいえ、苦労の連続で...今もなのですが(笑)、特にサイズはとても大きな問題でした。指輪はつけたい指によってもサイズが大きく異なり、海外のお客さまになると、さらにサイズが大きくなったりと、揃えるべき号数に右往左往。ネックレスやピアスとの難しさの違いに最初はかなり戸惑いました。
今は思い切って、3号~23号までのサイズ対応にし、受注生産にしたところ、SNSの効果で販売が伸び、いちばんのヒット商品になりました。わたしのことを指輪屋さんだと思っているお客さまもおり、代表作としてのイメージが定着していることはとてもうれしく感じています。
 
つくる作業自体に膨大な時間と労力が必要な螺鈿の作品を、カラー、サイズともにバリエーションを豊富に展開するとは....ストイックさがうかがえます。野村さんの制作のリフレッシュ方法というと?

野村さん
今年に入ってからですが、毎朝の40分ほどのジョギングはいい気分転換になっています。コロナ禍の運動不足のせいで6キロも太ってしまったのがきっかけで始めましたが、肩こりが改善されたり頭がスッキリした状態で仕事ができていると感じます。
今日はどんなツイートをしようかな、と考えながら走ったりしているので自分の頭の中を整理するためにも大切な時間だと感じています。
 
リフレッシュもまたいい時間になっているのですね。最後に、野村さんの今後の展望をおしえてください。

野村さん
すでにたくさんの方からご要望をいただいている、オンラインストアでの螺鈿シルバーリングの新作展開や、帯留などのカテゴリーの追加などを来年度に進めていきたいと考えています。また、海外デザイナーとの新商品開発も進めていて、その新商品でクラウドファンディングにも挑戦し、よりたくさんの人に螺鈿の魅力を知ってもらいたいと考えています。
長期的には既成概念にとらわれることなく、新しい螺鈿の可能性を探し続けて常にチャレンジしていきたいです。


 


取材・文 / 西巻香織

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