【連載】つくるしごと:ものづくりを手がけるプロフェッショナルに、そのお仕事との向き合い方について、お話をうかがいます。
今回お話をうかがったのは、小説家の辻村深月さん。2004年『冷たい校舎の時は止まる』でデビュー以来、数々の文学賞を受賞し、2018年には 『かがみの孤城』で第15回本屋大賞を受賞。また、映像化作品も多く『ツナグ』『朝が来る』などの映画化でも話題を呼びました。映画最新作『ハケンアニメ!』のお話とともに、一見華やかに映る小説家という職業についても詳しくおうかがいしました。
熱い想いが重なり実現した映画化
まずは『ハケンアニメ!』の映画公開、おめでとうございます。試写会で拝見して、何度も胸が熱くなりました...!
辻村さん
ありがとうございます。原作者としても、こんなに素敵な作品に仕上げていただいて本当に幸せな気持ちでいっぱいです。
『ハケンアニメ!』は雑誌「anan」での小説連載時から、映像化を待望する声が多くあったとおうかがいしました。
辻村さん
そうなんです。ありがたいことにたくさんお問合せをいただきました。ただ、実際に映像化しようと思うと結構大変な作品ではあるんです。「anan」に連載された小説が映像化、とだけ聞くと、話の進み方が華やかに見えるけれど、実際は人と人による地道なやり取りの先に今回の映画があったという印象です。
映像化の予定ありきでの連載ではなかったんですね。
辻村さん
はい!もちろんそんなことなくて(笑)。ただ、『ハケンアニメ!』は刊行されてすぐの頃から、想像以上にいろんなところから映像化のオファーをいただいたんです。たくさんお声がけいただいた中には時期まで決まった具体的なものからまだ卵の卵のような段階のものまであったのですが、その中に「これは...!」という映画化のオファーがひとつあって。
それが今回の、映画『ハケンアニメ!』のプロデューサー陣だったんですね。
辻村さん
そうなんです。実際にお会いしてみると「この人たちにお願いしたい!」という気持ちが確かなものになりました。わたしが小説で大事にしたい部分は、青臭いかもしれないのですが数字の話ではなくて、誰かのあくまでも個人的な感動であったり、アニメや物語に託す夢のようなものであったりするんですね。映画『ハケンアニメ!』のプロデューサー陣は、そういった“ものづくり”に対する想いの部分で共通言語のようなものを最初からもっていらしたので、初回からすごくわかりあえて、熱い話ができました。
確かに、自分と近い感覚で話せる人と一緒に仕事をしたいという気持ちはわかる気がします。なにか辻村さんの中で決め手となるような言葉があったのでしょうか。
辻村さん
『ハケンアニメ!』はアニメ業界の話ではあるんですが、劇中で描かれる世界は映画業界でぶつかる壁とも重なる部分がたくさんあって、自分がプロデューサーとしてすごく共感できたんです、と。「この物語は、決して他人事とは思えないし、自分たちが映画化しないとダメだと思って来ました」というふうにも言ってくださって。そんなの言われちゃうと断る理由がどこにもないですよね(笑)。そこから今回の映画化の話がスタートしました。
連続アニメ『サウンドバック 奏の石』で夢の監督デビューが決定した斎藤瞳。だが、気合いが空振りして制作現場には早くも暗雲が...。最大のライバルは瞳も憧れる天才・王子千晴監督の復帰作『運命戦線リデルライト』。“ハケン=覇権”を争う勝負の行方は!? アニメの仕事人たちを待つのは栄冠か? 果たして、瞳の想いは 人々の胸に刺さるのか。
ぼくも本作を観ながら、この映画をつくっている映画業界にも監督がいて、たくさんのクリエイターがいて、同じような世界が広がっているんだろうな、と感じました。これから映画を観る方にもきっと届くと思います。
アニメ制作でぶつかった壁
「サウンドバック 奏の石」
映画化の企画が走り出したのが2015年。そこから7年間という短くない年月が制作に費やされています。
辻村さん
はい。その間には新型コロナウイルスの感染拡大による撮影延期の1年も含まれるのですが、もっとも難航したのはアニメ会社の選定でした。
なかなか決まらなかった、ということでしょうか。
辻村さん
そうなんです。本作では劇中アニメも重要な要素のひとつなのですが、そのクオリティーでアニメをつくろうとすると、実写以上に人材確保が難しいということがわかったんです。劇中に登場するのは2作品あって、それぞれトータルで5分から10分ずつくらいなのですが、その5分をつくるのにも、キャラクターデザインや世界観が必要で、シリーズアニメ12話分をつくるのと同じだけの労力が等しくかかるということをそこで初めて知りました。
なるほど...それはアニメ業界以外の人間からすると予想だにしない出来事ですね。
辻村さん
人気のあるスタジオは数年先までスケジュールがいっぱい。だけど物語は「ハケン(覇権)」を争うふたつのアニメのぶつかり合いです。クオリティだけは絶対に譲れないという気持ちがわたしや監督だけでなく、現場の皆さん全体にありました。厳しいスケジュールでしたが、皆で同じ方向を向けていたというのが苦しい中でも救いだったと思います。
結果的に、劇中アニメ「サウンドバック 奏の石」「運命戦線リデルライト」は、これ以上ないクオリティに仕上がっていると思います。それぞれをシリーズアニメとしてしっかり観てみたいくらいです。
辻村さん
ありがとうございます。理想的なクオリティで実現していただけて本当に光栄です。
制作の鍵を握る12話分の設計図
アニメ制作の実現にあたって、なにか突破口のようなものがあったのでしょうか。
辻村さん
ちょうどそのとき別件でお仕事をご一緒していたアニメ監督の方に相談をして、その方から「自分がもしそのアニメを撮るなら初回と最終話のプロット、あと12話分なにが何話で起きるのかという構成は欲しい」とアドバイスをいただいたんです。
それはそれでかなり大変な作業な気もします。
辻村さん
はい。ただ、誰かになにかをお願いして、その世界観を広げてもらうにはそれくらい詳細な地図が必要なんだと思い知って、だったらそれが書けるのは多分わたししかいないんだと覚悟が決まりました。それで思い切ってスタッフの皆さんに「わたしがプロットを書きます」とお話をして、「サウンドバック 奏の石」と「運命戦線リデルライト」、それぞれ12話分のストーリーを書きました。
「運命戦線リデルライト」
そんな裏側があったとは驚きです。
辻村さん
そのプロットを手にプロデューサーの皆さんがお願いにいってくださったことで、本腰を入れて話を聞いてもらえるようになってきたそうで、ここまで設計図ができているなら実現できるぞ、ということになりました。こちらの本気度を理解していただけて、最終的に今のこの豪華すぎるスタッフの方々に集まっていただけました。
まさに、劇中で描かれているような世界が、本作の制作過程でも繰り広げられていたんですね。
辻村さん
はい、本当にそう思います(笑)。
支える者たちの存在
アニメシーンは絶対に見逃せないポイントだと思うのですが、その他に作品全体を通して気に入っているシーンや演出についてうかがわせてください。
辻村さん
尾野真千子さんの演じる有科香屋子が、会社の中で上層部と現場の板挟みになるようなシーンが出てくるのですが、そういった場面ってアニメ業界でなくてもあると思うんですよね。仕事で誰かを守らないといけない局面だったり、誰かに振り回される出来事だったり。
ありますね。
辻村さん
実際に映画を観ていただいた方からも、自分の仕事と重なる部分があって共感したとか、自分のこととして受け止められた、という感想を多くいただけているので、そこは嬉しいです。
ぼくも会社に属する人間として、共感できるポイントが本当にたくさんありました。どのような職業の方にも必ず心に刺さる作品だと思います。
辻村さん
あともうひとつ。「minne」で作品を出されている作家さんたちもそうだと思うのですが、ものづくりをされる方は、自分のわがままだとしてもこれで貫きたいというような作家性やこだわりとかってあると思うんです。わたしにもありますし。そういった、自分が良いと信じたものに理解を示してくれたり、支えてくれる人の存在もまた、必ずいると思うんです。
そうですね。
辻村さん
この映画では、監督だけがスターとして描かれるのではなくて、その裏側にいる脚本家や声優、作画監督やプロデューサーなど、監督を支える側の存在もすごく丁寧に描いてくださっているので、そこにもぜひ注目してほしいです。
華やかな世界、地味な“ものづくり”
個人的にすごく印象的だったのが、中村倫也さんの演じる王子監督が創作に苦しんだ末に放つ「辛くても、齧りつくようにやるしかないんだよ」というセリフです。この部分は辻村さん自身の経験から出た言葉でもあるのでしょうか。
辻村さん
そうですね、王子監督のあのセリフは、やっぱりわたしの中での“ものをつくる”ってどういうことか、という部分がかなり反映されていると思います。わたしの場合は小説ですが、こうやってインタビューを受けていたり、今回のように映画化が発表されたときっていうのは、ものすごく華やかに見えると思うんです。
確かに。その面だけを見ると華やかな世界のように見えます。
辻村さん
だから「小説家って楽しそうでいいね」というようなことを言われることもあるんですが、現実には、基本的に目の前の原稿を埋めることが仕事のほとんどすべて。それってすごく地味な作業で、こうしたインタビュー記事のような形では皆さんに可視化されない部分だと思うんです。作中の王子監督は格好をつける人だからその苦しい作業を周りに見せたくなくて逃げ出し、虚勢を張ってしまうわけですが……(笑)。だけど結局は机に齧りついて描くしかない。どんな華やかな仕事にもそれを支えている地道な“ものづくり”があるということ、そうすることでしか進まないものがある、ということが王子の姿から伝わると嬉しいです。
ものづくりをしている人には必ず響くシーンだと思います。辻村さんは執筆活動の中で王子監督のように逃げ出したくなるときはありますか?
辻村さん
わたしの場合は逃げ出したいというよりも「終わらないかも」というような気持ちがありますね(笑)。
危機感のような。
辻村さん
そう、危機感(笑)。でもやっぱり何もしていない時が一番その危機感が強いです。書き始め、漠然としているものを整理していく作業は苦しいんですが、そこを抜けると流れ出すように文章が止まらなくなって、書き進めると一気に時間が過ぎていきます。気がついたらもう夜になっている、というくらいまで没頭できることも。
それはライターズハイのような感じでしょうか。
辻村さん
まさにそんな感じなのかも。焦りや産みの苦しみのようなものは確かにあるんですけど、自分の手から話が生まれていくのは楽しいし、そうやって時間を忘れるほど没頭できることがあるというのは、やはりすごく幸せなことだと思うんです。そういう瞬間が欲しくて、わたしは今も小説を書いているのかもしれないなと、たまに思います。
ものづくりは、きっと憧れの継承
今回の『ハケンアニメ!』の映画制作を振り返って、ご自身の中で気持ちの変化などはありますか?
辻村さん
変化というわけではないのですが、初めての経験がたくさんあったので楽しかったです。これまで原作者として映画化に携わる際は、映画の監督や製作陣に基本的にすべてをお任せする形に近かったんです。脚本のチェックをしたら、あとは完成を待つだけ、というような。
そうなんですか...!それは意外でした。
辻村さん
だけど今回はプロデューサー陣が原作者もチームの一員としてものすごく密に接してくださって、脚本の確認を終えても、キャスティングについてまで相談ベースでひとつひとつご連絡をいただけたり、進捗状況をこまめに知らせてきてくれたおかげで、一緒に映画をつくっている、という感覚が常にありました。
プロデューサー陣との信頼関係が今回の制作での根っこになっているんですね。
辻村さん
そうですね。あと(吉野耕平)監督が自分と同年代だったというのも大きくて。同じように観てきた作品や、その違いも含めて、違う業界で第一線で活躍されている方とお話ししながらものづくりをするのはこんなに楽しいのか、と思いました。それと同時に、自分ももう新人ではなくて中堅のクリエイターになってきたんだなあ、と感慨深い気持ちにもなったり。
映画の内容と相まって、より一層制作チームの連帯感を感じました。最後に、これから映画を観る方にメッセージをお願いします。
辻村さん
はい。今これを読んでくださっている方は「minne」の作家さんであったり、ものづくりに興味のある方だと思います。そういった方にはきっと、ものづくりに関心をもつきっかけとなった誰かの作品があると思うんです。あの作品があるから今の自分がいる、こんなものを自分の手からもつくってみたいという、きっかけになった作品が。そう考えると、ものづくりってどこか憧れを継承していくようなところがあるなと思っているんですよね。
「継承」。
辻村さん
なにかに憧れた過去があって、今度は自分がつくり手側になる。『ハケンアニメ!』の中でも自分にとって最初に憧れた存在というのが、大切な要素になっています。なので、ご自身もものづくりをされている方は『ハケンアニメ!』を観ながら、自分にとっての憧れや、その作品との最初の出会い、影響を受けている自分の原点のようなものを思い出していただけたら、原作者としてすごく幸せだなと思います。
『ハケンアニメ!』
日本のアニメ業界を舞台に、最も成功したアニメの称号=「ハケン(覇権)」を手にすべく闘う者たちの姿を描いた、究極の“胸熱”お仕事ムービー。
出演:吉岡里帆、中村倫也、工藤阿須加、小野花梨、高野麻里佳、六角精児、柄本 佑、尾野真千子
原作:辻村深月「ハケンアニメ!」(マガジンハウス刊)
監督:吉野耕平 脚本:政池洋佑
制作プロダクション:東映東京撮影所
配給:東映
5月20日(金)より全国ロードショー
公式サイトはこちら
出演:吉岡里帆、中村倫也、工藤阿須加、小野花梨、高野麻里佳、六角精児、柄本 佑、尾野真千子
原作:辻村深月「ハケンアニメ!」(マガジンハウス刊)
監督:吉野耕平 脚本:政池洋佑
制作プロダクション:東映東京撮影所
配給:東映
5月20日(金)より全国ロードショー
公式サイトはこちら
(C)2022 映画「ハケンアニメ!」製作委員会
取材・文 / 川西幸太 撮影 / 真田英幸
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