ガラスで繊細な美しさを表現する、人気作家トキシル・ハさん。ガラスを800度に熱する窯をはじめ、美しい作品が生まれるその工程と作品に込められた想いについて、実際の工房で伺いました。
プロフィール
トキシル・ハさん
ガラスの透明な色の重なりを利用し、身につける人の心がほんのり癒されるようなアクセサリーを手づくりしているガラス作家。
私だけのちいさな星
フュージングという技法でガラスとガラスの間に金箔を封じ込めた、まるで「地球」のように美しく輝く作品「私だけのちいさな星」。ガラス作家であるトキシル・ハさんがひとつひとつ受注生産で制作されている人気作品です。
今回は、そんなトキシル・ハさんの自宅兼工房にお邪魔し、素材となるガラス、デザインの考案、ガラスを800度に熱する窯など、美しい作品が生まれる工程を見せていただきながら、作品に込められた想い、ガラスアクセサリーの制作にたどりついたこれまでの経緯について、じっくりと語っていただきました。
ガラスを重ねて色をつくり出す
作品はすべて、ガラスの板からできているといいます。
板を細かく砕いていくんですね。
トキシル・ハ作品によっていろんな工程がありますが、球体をつくる場合は、まずガラスをカットして重ねて、ひとつのカタマリをつくっていくんです。
トキシル・ハ
いくつものガラスを重ねることで、あたらしい色が生まれてきます。これはガラスとガラスの間にフュージングという技法で箔を重ねているんですよ。
トキシル・ハ
作品の個性となる「模様」は、この箔がつくり出してくれています。
ガラスの表面を削り、球体を作り出すのは、ダイアモンドの粒子です。
トキシル・ハ
ダイアモンドの粒子でできたローラーが、くるくると回るんです。そこに押し当ててガラスを削っていくのですが、かなり指が鍛えられる作業ですね(笑)。
削って研磨剤で磨き上げると、ガラス体は、まるで水滴のようにクリアで美しいパーツへと姿を変えます。
削る前の素材と完成した作品を並べていただきました。
トキシル・ハ
ひとつひとつ時間はかかりますが、丁寧に気持ちを込めてつくりあげています。作品はすべて「大切なものを送り出している」ような気持ちで届けていますね。
子どものころの夢は「画家」
多摩美術大学を卒業されているトキシル・ハさん。ガラス専攻で学び、卒業制作では大きなガラスのオブジェを制作されたそう。
ずっと「ガラス」に興味をお持ちだったんですか?
トキシル・ハ
小さいころから、ビー玉やおはじきが大好きで、そういった意味ではずっとガラスに惹かれていたのかもしれませんね。保育園のころは、帰り道にガラスが埋め込まれた外壁のおうちがお気に入りで、よく見に行っていました。
だけど夢は「画家」。ものづくりが好きだったのですが、小さいころはクリエイターを「画家」しか知らなかったんだと思います。自分の手でなにかをつくっていきたい、その思いのまま、工芸高校に進学して アートクラフト学科で勉強するようになりました。
トキシル・ハ
そのときは「金属」の勉強をしていて、自分の中にあった「ガラスが好き」という気持ちは、まだ発見できずにいました。きっかけは「ガラス胎七宝」を知ったことだったと思います。その美しさに魅せられて、ガラスのことをもっと知りたいと思うようになりましたね。
美術大学では、迷わずに「ガラス専攻」を選んだのだそうです。
きっかけは、黄色いピアス
どんなお勉強をされていたんですか?
トキシル・ハ
ガラス専攻と言っても、美大生なので授業では大きなオブジェばかりつくっていました。アクセサリーをつくるようになったきっかけは、文化祭だったんです。2年生のときに文化祭で販売した「黄色いピアス」が最初の作品でした。”売れた”ことがうれしかったですし、オブジェとちがって「手に取ってもらいやすく」「制作を永く続けていけそう」という予感は、そのとき感じましたね。
こうしてはじまった、トキシル・ハさんのアクセサリーづくり。翌年も、その翌年も文化祭で販売を続けたと言います。
卒業後すぐに、アクセサリー販売を開始されたのですか?
トキシル・ハ
そういうわけではないんです。なにをしようか、悩んでいた時期もあったのですが、やっぱり制作活動を続けたかったのでネット販売を検討するようになりました。友人がアート系の雑貨店に勤めていて、そこで販売してもらえるようになったのをきっかけに、本格的に活動をスタートさせたのが2013年ごろです。
手製の「窯」から生まれる作品たち
作品のテイストは、そのころから変わりましたか?
トキシル・ハ
もちろん、変化も成長もしていますね。色味やデザインは、その場でつくりながら決めていくことが多いです。その中で「これだ」と感じたものや、人気のあるものを定番作品にしていくような感じです。
作業中は、音楽を聞いたり歌を歌ったりされているそう。
トキシル・ハ
この部屋の中ではひとりなので、自由にたのしく制作しています。こうやってデザインを決めていくのも、とてもたのしい工程ですね。
フュージング用の接着剤で固めたあとは、一晩かけて窯の中で熱する作業です。
この窯で、熱して溶かしていくんですね。
トキシル・ハ
そうです。この窯は自作したものなんですよ。購入すると高いんですが、大学時代に教授から教えてもらいながら、骨組みの溶接をして、その中に断熱材を仕込んで作りました。作品の大きさやデザインによって、適切な温度と時間をプログラミングできるようになっています。今は、週に1度程度これを使って熱していますね。
自分の「好き」を見つけること
青い作品が多いのは、夏仕様でしょうか?
トキシル・ハ
それもありますね。人気ですし、「青色」をテーマにしたイベントに出展予定があるので、その準備もすすめています。だけど、ベースとして「青が好き」というのは大きいですね。小さいころから、「青」や「紫」をきれいだな、素敵だな、と思うことが多い気がします。
ご自身の「美しい」と感じる気持ちをとても大事にされていますよね。
トキシル・ハ
そうですね。自分の「好きなもの」「美しいと感じるもの」を、自分自身で知っておくことって、とても大切だと思っているんです。それが「こだわり」となって作品にあらわれていくと思うので。そのためには、自分と向き合うことと、新しいものに触れることが必要かもしれません。はじめての土地や旅行に出かけて、きれいなものを見たり、瞑想のように頭をからっぽにして眺めてみたり。時間がなくて、そういうことをさぼってしまうと、どこかで行き詰まっちゃうような気がしているんです。
自分は「木」、作品たちは「葉」となる
作品を制作するうえで、いちばんのたのしみや喜びってなんですか?
トキシル・ハ
窯から出したときや、作品が完成したときの喜びや達成感は大きいですね。あとは、minneで購入してくださる方とのメッセージでもうれしい体験があります。
質問やお問い合わせだけではないんですね。
トキシル・ハ
そうですね。この前は、「遠距離恋愛で1ヶ月ぶりに会う彼女にプレゼントしたい」というようなご連絡もいただいて。間に合うように制作をさせていただきました。基本的には、女性の方に選んでいただくことが多いのですが、男性から買っていただくと「贈りものなんだろうな」と、うれしくなってしまいます。自分の作品を、気持ちを届けるギフトとして選んでいただけるというのは、すごくありがたいですね。
屋号である「トキシル・ハ」の意味についてもお伺いしました。
トキシル・ハ
「時知る雨」という言葉があるんです。「秋が終わり、冬が訪れることを知っていて降る雨」といった意味なんですが、美しい表現だなと思って。最後の「雨」は「葉」にしました。わたし自身が「木」なら、生まれる作品たちは、わたしの時間やこだわりを紡いで実った「葉」のようなものだなと思います。
とても素敵な想いが込められているんですね!
トキシル・ハ
これからも、青々と茂る葉のような作品をたくさん生み出して、たくさんのひとに送り出したいと思っています。
今後、挑戦したいことはありますか?
トキシル・ハ
ガラス作家さんが、まだ誰もつくっていないものを常にさがして、自分の強みにしていきたいですね。自分のこだわりや想いを大切に、「つくりたいもの」と向き合っていきたいと思います。