店主の弥光で御座います。
秋に美味しい果物といえば葡萄。
皆様、ワインはお好きでしょうか。
ある街のお話です。
色づき出した秋の景色のなか
せっせと籠に葡萄を詰めては
酒造庫へと運んでいる娘がひとり。
娘の作るワインは大変な人気で
街の料理人が買い付けに来たり
飲み屋の主人が仕入れに来たり…
レストランや酒場が人で賑わい
朝まで飲み明かすこともあります。
このワインの原料となる
葡萄の出来る場所は
決して広い畑でも農場でもなく
彼女の住む家にあるのです。
彼女は姉と慎ましく暮らしており
お揃いの秋薔薇模様のワンピースが
眩しく二人を包んでいました。
しかし、数年ほど前、
この街に隕石の落下し
数々の家屋が吹き飛びました。
彼女の家も例外なく被害に遭い
美しいドーム状をしていた屋根は
丸い骨組みだけが残され
姉は行方知れずになりました。
妹は辛うじて生きていましたが
不運な事にしばらく雨が続き
冷たさと悲しみで朦朧としていました。
数日後。
彼女の姉が育てていた葡萄が
庭先の小さな鉢植えから
一晩で長く蔓を伸ばし、
骨だけになっていた家に
緑の屋根が掛けられて
風雨を凌げるほどに成長し、
葡萄の房がいくつか実を結びました。
長い間空腹だった彼女は
葡萄を貪るように食べながら
姉を思ってひたすら涙しました。
翌日には、一人では到底食べ切れない
沢山の葡萄がまた実っていましたので
飢えた街の人々に配り歩きました。
その葡萄を食べて空腹を満たし、
多くの人の命が助かったのです。
葡萄酒は血の一雫とはよく言ったもの。
彼女の姉は、自分の育てた葡萄で
ワインを作ることを夢見ていました。
その夢を妹が引き継いで今に至るのだとか。
街の人々が彼女のワインを愛するのは
特別な理由があるのですね。
今でも「葡萄の家」の側には
『どなたでもどうぞ』との看板があり
誰でも自由に葡萄を食べることが
出来るのだそうです。
今日も彼女は葡萄を運びます。
お気に入りの秋薔薇のワンピースを着て。
それでは、又。