陽が落ちるのが早くなりましたね。
気温はまだ夏の名残りですが
星のめぐりは変わらぬようです。
秋の夜長のお話をしましょう。
ある国の最果てに開けた丘があり
そこに一軒家が建っていました。
国から国へ旅をする老いた商人は
夕日も落ちてきましたので
今夜はここに泊めてもらおうと
その家に歩み寄ります。
呼び鈴を鳴らしましたが応答はなく
ドアに鍵がかかっていなかったので
一声かけてソッと入ってみます。
中は綺麗に整頓されていましたが
しばらく誰も住んでいない
と言うより訪れてもいない様子でした。
しかし風化することもなく
綺麗なままでシンとしています。
透け感のある黒い硝子の様なテーブル。
おそらく革であろうソファセット。
織物と思われる華麗な絨毯。
たくさんの国を旅した商人でも
どの地方のものか分からないものの、
大変美しい調度品でした。
商人はとりあえず荷物を床に置き、
さて水はどこだろうと思い
初めて違和感を覚えます。
この家は別の部屋に続くドアが
一つもありません。
ドアは先ほど入ってきた玄関のみ。
つまり今居るこの応接間が
この家の全てでした。
山間の休憩所なのでしょうか。
泊まっていいものかと考えましたが
尋ねる隣人もいない最果ての場所。
夕焼けが窓を通して床を染めていたので
これから再び外に出るのは危険と考え、
やはりここに留まることにしました。
巡る思考は疲れには勝てず、
商人はソファにゆっくり座ると
次に目を開けた時には
夜もすっかり更けていました。
靴を脱ごうと足に手を伸ばすと
絨毯がところどころ発光しています。
よく見ればテーブルも、
自分が座っているソファにも
苔でもキノコでも虫でもない光が
お互いが呼んだり答えたりするように
一定の間隔で静かに点滅していました。
なんと妙なところに来たものかと
今更ながら唖然としつつ
外から聞こえる虫たちの声と
この柔らかな光は不思議と調和して
決して居心地悪くはありません。
まるでどこかの国の文字の様な光の線は
気持ちよい眠りを誘う本のように
安らぎと静けさに満ちていました。
しばらくして、商人は靴を脱ぎ
今度はしっかりとソファに寝転ぶと
ぐっすり眠ってしまいました。
遥か遠くの外から眺めると
この丘はとても空に近いので
不思議な発光も夜空に溶けて
なんでもない星の一つに見えるでしょう。
そして、朝が来ればまた
何の変哲もない丘の家に戻るだけです。
夜に美しい光を放つその部屋のことを
幾人かが誰かに話したでしょうが、
最果ての丘に辿り着ける者は少ないため
不思議な存在感と思い出を残したまま
また別の誰かが心地よい夜を過ごすのです。
それでは、又。