「相場」について

「相場」について

先日、古物市の会場で旧知の同業者に声をかけられました。 市(イチ)とは定期的に催される、 プロ向けのオークションのようなものです。 話ぶりこそ穏やかで表情もにこやかでしたが、 内心わたくしどもにたいして思うところありげな様子です。 曰く、わたくしどもの商いのせいで、 レディースウォッチーーとくに国産時計ーーの相場が急騰している、 とのこと。 つづけて「仕入れ値が高くなってしまい商売あがったりだから、 値づけ(小売価格の設定)は慎重に……」とおっしゃいます。 とどのつまりは、わたくしどもへの苦言もしくはお小言でした。 わたくしならびに同行スタッフの反応は、 「???」 というものでした。 顔を見合わせて首をかしげるしかありません。 まず、第一に、 わたくしどもは目下のところ、 業界の「相場」を左右するような影響力など有しません。 都心で手広く商いをしていた先代のころならばいざ知らず、 現況のわたくしどもにそんな大それた力はありませんし、 そうした存在を目指す上昇志向すら持ちません。 そして第二に、 わたくしどもは価格設定のさいに、 巷の「相場」を意識したことはありません。 ーー良くも悪くも、です。 相場を吊りあげてひと儲けしてやろう……だとか。 相場に便乗してウチも高値をつけよう……だとか。 そうした中古時計の「相場」をめぐる配慮も忖度も、 わたくしどもはおこなったことがありません。 事は単純です。 わたくしどもは実際に品物を購買した価格に、 材料費や修理費等の実費を計上したうえで、 わたくしどもなりの知見であるとか調査能力であるとか、 商品化のプロセスにおいて多少は役立ったであろう、 そんな無形の仕事にたいして、いくばくかの対価を加え、 最終的な価格を算出します。 これは不動の方程式ともいえるもので、 毎度同様のプロセスを経て値づけをおこないます。 (参考:https://minne.com/@solent/letters/83465 ) そこでは「相場」はあまり関係がありません。 結果として、値段が平均的な市場価格(相場)の範囲に落ち着いたり、 相対的にややお高くなったり、 お安くなったりすることはあるでしょう。 しかし、それはあくまでも、 「相場」を意識してアジャストしたり、 逆に差別化をはかったりした結果とはいえません。 古物マーケットでの指摘が気になって、 フリマサイトやネットオークションを覗いてみると、 それが〝わたくしども由来〟の「影響」かどうかはともかく、 たしかに特定のレディースウォッチにかんしては、 値が高騰しているようにも見受けられます。 ことにリングウォッチなどはその傾向が顕著です。 (ちょ、ちょっと待って……!) 困惑しました。 わたくしどものそれと同等の価格がつけられた、 わたくしどものそれとはほど遠いコンディションのリングウォッチ……。 しかも少なくない品数が複数の業者から出品されています。 わたくしどもは頭を抱えてしまいました。 百歩譲って、先の同業者の言うとおり、 わたくしどもの「影響」で相場が高騰したのだとします。 であればなおのこと、疑問を抱かずにはいられません。 出品者のほとんどは全国の不用品買取業者です。 フリマサイト上では「祖父母から譲り受けた」とか、 「断捨離中」などと個人の出品者を装いますが (装う理由も不明……)、実体は俗にいう〝買取屋〟です。 いわゆる「押し買い」と呼ばれる強引な手法や、 価値ある品を二束三文で強引に引きとる商法などが、 最近しばしば取沙汰され問題視されるようになりました。 正直あまりよい評判を聞きません。 けっしてすべての業者をひとくくりにするつもりはありませんが、 わたくしどもも〝おおむね〟シビアにみています。 (参考:https://minne.com/@solent/letters/78333 ) 状態の良し悪しを判断する審美眼はおろか、 製品にまつわる知識さえろくにもたない即席の古物商たちが、 なんのメインテナンスもほどこさずに、 右から左へ〝現状渡し〟で横流しする構図には、 率直に嫌悪をおぼえます。 値段をつけるさいに全国津々浦々いろいろと検索した結果、 どうもminneのソレントとやらが高値で売っている。 よしコイツらと同じ値段をつけよう……と。 ーーそんな感じでしょうか。 わたくしどもに言わせれば、タダ同然で引きとって、 何もせずに転売するのですから、 プライスをつけること自体おこがましい気がするのですが。 どうりで、当サイトへのアクセス数が 謎の爆上がりを見せる日があると思ったら……。 もしかすると、そうした転売屋さんの 「価格調査」が原因だったのかもしれません。 だとすれば、それは「相場」でもなんでもありません。 ただの悪質な「便乗」です。 値段だけを真似されても困ります。 目のまえの時計にたいして、少なくとも、 それなりの仕事をしてから値づけをしなさいな、 と言いたくなります。 商品、お客さま、業界……あらゆる方面への リスペクトに欠ける行状と断じざるをえません。 「叱る相手が違うでしょ?」 くだんの古物商に会ったら、 こんどはそう言いかえしてやるつもりです。  ・ー・ー・ー・ー・ そういえば思い出しました。 わたくしどもが「相場」を意識する場面を強いて挙げるなら、 むしろ品物を個人の売り主さまから買い入れるときです。 さる老婦人が長年ご愛用のセイコーを 某有名買取グループの店舗に持ちこんだら、 「これは古いものなので0円。 むしろ処分代が欲しいところだが無料で引き取ってあげる」(要約) と言われたそうです。 わたくしどもはそれと同類の業者が 同様の品を売りに出しているフリマサイトをご覧に入れ、 「かれらは無料で引き取ったあとに、 こういう値段で売ります」と正直に伝えます。 ご婦人は驚かれます。 「業界にはちゃんと〝相場〟というものがあり、 価値がないなんて口からの出まかせです」 そう申し添えます。 わたくしどもが「相場」に「便乗」するのは、 唯一こんな場面でしょうか。

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